見出し画像

【戯曲】チェンジ・パートナーズ ⑩

▼第五場C

同じ森の別の場所。セットはほとんど一緒だが、今度はベンチはない。木立の向こうに浅間山が見える。怜と炯介が上手から歩いてくる。お互いを意識して黙りがちである。

炯介 このあと、どうしましょうか。
 わたし、お土産買わないといけなくて。
炯介 そしたら、駅前のアウトレットがいいですかね。先に車返しちゃって。
 そうね。
炯介 終わっちゃいますね、デート。
 そうだね。
炯介 いやだな。
 え?
炯介 帰りの新幹線、何時ですか。
 六時十五分だけど。
炯介 ぼくは六時ちょうどのやつです。一本違いだ。
 そう。
炯介 こうしませんか。カレシさんと切符を交換して、ぼくと一緒に帰りましょう。
 そんな、無茶なこと――。
炯介 家に帰るまでがデートじゃないですか。
 それを言うなら、遠足でしょ。とにかく困るよ。
炯介 このまま別れるなんていやです。率直に言って、ぼく、怜さんに惹かれてます。
 そんなこと言われても。
炯介 もっと話がしたいです。いやですか?
 (迷って)そういうわけじゃないけど。
炯介 じゃあどうしますか。
 また東京で会うとか……。うぅん、ダメよね、そんな。
炯介 東京に帰って時間が空けば、また気持ちが変わってしまう。ぼくは今、怜さんと一緒にいたいんです。本気です。あいつと別れて、ぼくと付き合ってください。
 ずいぶん思い切ったこと言うのね。昨日今日会ったばかりなのに。
炯介 就活してて気がついたんです。チャンスはその場でものにしなきゃいけないって。いったん掴み損ねたら、もう運は巡ってこない。
 それは言えてるかもしれないけど。
炯介 怜さんに必要なのは、思い切った決断です。
 でも、強引よ。
炯介 怜さんみたいな人は強引にされないとダメなんだ。
 彼女はどうするの?
炯介 それは……。でも、お互い今の相手とはもう潮時なんじゃないですか。

炯介、悩む怜の手を取り、引き寄せようとする。
怜、首を振って、炯介から少し離れる。
そこへ、舞台下手よりトイレへと急いでいた佳純が現れる。佳純は二人の姿を見つけ、はっとなって足を止める。二人に気づかれないように木の幹に隠れ、成り行きを見守る。

炯介 また写真撮りましょうか。旅の、最後の記念に。ちょうど浅間山も入りそうだし。
 (背を向けて悩んでいる)
炯介 写真もダメですか?

怜は炯介に振り返って、少し無理に笑顔を作って首を横に振る。炯介は「じゃ、ここで」と怜と並んで立ち、スマホを自分たちに向けて構える。

炯介 じゃ、撮りますね。

そのとき、炯介はぱっと体の向きを変え、いきなり怜の唇を奪う。怜はもがくが、炯介は手を掴んで離さない。
除き見ていた佳純、ショックで後ずさり、そのまま下手に消える。
怜、炯介を押しのけると、上手へ走って逃げる。

炯介 怜さん!


▼第五場D

同じ森の別の場所。トイレ小屋がある。鳥のさえずりが聞こえる中、水洗の音が響く。
まもなく、少しげっそりとして打ち沈んだ表情の佳純が出てくる。ハンカチで手を拭き、放心した様子でそれをゆっくり折りたたむ。
そこへ下手より怜が来て、ばったり出くわす。

 よっしー……。
佳純 ……えーと、どちら様でしたっけ。
 よっしー。
佳純 何か。

怜は罪悪感で相手の顔をまともに見られない。佳純もどんな態度を取ったらいいか分からず、二人の間に気まずい空気が流れる。

 今日、どうだった?
佳純 今日? 最高でしたよ。若い子とデートしたんでね。気に入られちゃって、「わたしのこと描いてください」なんて言われたりして。
 ……そう。
佳純 そう。
 あの子、いい子そうだったもんね。
佳純 かわいいし。
 うん。
佳純 そっちは、どうだったんだよ。
 わたしは、まぁまぁ楽しかったかな。
佳純 そうなんだ……。そうだろうな。おれなんかもう用なしだろ。
 怒った?
佳純 別に。おれには七穂ちゃんがいるから。
 怒らないの?
佳純 どうしておれが。トイレも出たし、すっきりでハッピーだよ。
 よっしー。
佳純 何。
 帰り、どうしようか。
佳純 どうしようって、何が。
 新幹線。
佳純 新幹線が何。
 (言い出しかねて)切符交換して、一緒に帰ろうって誘われた。
佳純 へぇ。
 うん。
佳純 (強がって)あ、そう。ま、そうだよな。あんな……、いや、何でもない。
 ……。
佳純 で、どうするつもりなんだ。
 どうしたらいい?
佳純 知るかよ。一緒に帰ればいいだろ。
 そうしてほしい?
佳純 好きにすればいいだろ。そうしたきゃ、そうしろよ。
 そうね。
佳純 (引っ込みがつかなくなって)おれもちょうどそれ言おうとしてたんだ。
 え?
佳純 おれも彼女に帰りも一緒にどうかって誘おうとしてたところ。
 ……そうなの。
佳純 切符交換してくれればこっちとしても都合がいい。
 いいの?
佳純 あぁ。
 でも、まだOKもらったわけじゃないんでしょ?
佳純 するに決まってるだろ。おれたちはすごく気が合うんだよ。
 そう。じゃあ、いいのね(と念を押す)。
佳純 あぁ。
 ……分かった。
佳純 切符、あとで渡すから。車返したら。
 ……うん。

怜、晴れない表情で下手へ退場。
佳純、去っていく怜を振り返る。しかし、追いかけはしない。



▼一挙版はこちら


いただいたサポートは子供の療育費に充てさせていただきます。あとチェス盤も欲しいので、余裕ができたらそれも買いたいです。