【詩】入水願い
人の声が、昨日さそうそうかわいいえっあるやんやまざきあーぜったいやっぱりあのざわざわがやがやざわざわがやがやって言葉はバラバラな音の集まりになって私の存在をかき消していって、耳は壊れる。私はそう、とことん劣ってるわけで、ズブズブ沈んじゃって────大講義室は海だった。
私の男を今にも寝盗っていきそうなあの子のキャハハとか、大勢の前で堂々とスピーチしてみせるあの子の野太さとか、私のいない遊びの約束を目の前でするあの子のイタズラとか、机に突っ伏した私をちっぽけにしていく音が交差して交差して交差して泳いでいくから、浅い走馬灯みたい。だから私は、その灯りを消そうとしてさらに底へ、底へ、沈んでいく。
聞きたくないです。見たくもないです。
海の中でライターの火はつかない。
水底に沈んで、数十年後とか数百年後に浮いてきて漂着して、
「あなたが落としたものはこのライターですか、それともあなたですか」
と聞かれるとき、私は遺骨になっている。
あのとき私が燃やそうとしたもの、火がついたはずのものはとっくの昔に他の誰かのものになっていて、私を忘れていくし私も忘れていく。
心が心臓の一番下に引っ張られたら
深海になるんだよ
そうして水底でユラユラ漂っているうちに捕食されてしんじゃった
羞恥は空耳だから、誰も私を知らない
私も誰も知らない
隣に誰かがいたってこの身は私でできている
もがくことをやめて死んだふりをした瞬間に
あなたのからだは浮き上がる
楽に逝かせてはくれないからだ
チャイムが鳴って顔を上げる。