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ゲーム感想 オブラディン号の帰還

 私のゲーム感想はいつも長くなりがちだけど、今回はさらっとした内容にします。さらっと書くつもりです。

『オブラディン号の帰還』

 あらすじを紹介すると、だいたいこんな感じ。

 オブラディン号は航海中に“何か”が起き、50数名の乗組員ほぼ全員が死亡し、あるいは行方不明となってしまった。
 ……あれから4年。大西洋を漂流していたオブラディン号が再び発見される。保険会社に勤める主人公は、とある人物の依頼で単身オブラディン号に乗り込み、そこで何が起きたか調査を始める。

 というあらすじで、実際のオブラディン号も白骨死体があちこちで転がっているような環境なので「ホラー作品か?」と思う人もいるかも知れないけど、ホラー要素は一切なし。
 なぜなら主人公が保険会社の人だから。
 主人公/プレイヤーの目的は、誰が誰に危害を加えたか明らかにし、誰に対していくらの損害賠償を払うべきか、その関係性を整理し精査し、遺族へ賠償金の請求を知らせること。そういう内容なので、どちらかというとかなり淡々と、オブラディン号で起きたことを調査していく。
 なのでお金の話です。人いっぱい死んでるのに、世知辛いですなぁ。
 それで、目的はあくまでも誰が誰に損害賠償を支払うのか、の関係性を解き明かすことだけなので、実は“オブラディン号で何が起きたのか”、その事件や物語について深掘りしない。

 さて、主人公はちょっと不思議なアイテムを持っている。

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 この時計を殺害が起きたその場所で使うと、まさにその人間が死ぬ決定的瞬間を見ることができる。
 この時の画というのが見事で、死の瞬間を、劇的な一場面として描き込んでいる。銃弾が体を貫き、血が飛び散り、持っていた斧が手からこぼれ落ち、その周囲にいた人たちが死の衝撃を前にして驚愕を浮かべている。そんな死の瞬間に起きる様々な現象を、まるで古典絵画のようなドラマを感じさせる画で作られている。

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 主人公/プレイヤーはそんな死の瞬間の中を、自由に動き回り、色んな角度から状況を見ることができる。『マトリックス』のブレッドタイムのように、動きは静止しているのに、カメラだけがスムーズに動く現象をゲームで再現したかのよう。ついつい、事件の調査を忘れてかっこいい構図を探して周りをウロウロとしてしまう。とにかく、その1場面の作り込みが凄く格好いいんだ。

このゲームのずるい解き方

 このゲームの難儀なところ……というのは死の決定的瞬間だけしかわからない……ということ。  死の瞬間の音声も少しだけ聞き取ることもできるのだけど、それも10秒ちょっと。これだと誰が誰にどういうニュアンスで発したかすらわからない。
 結局のところ、映像をちょっと見てもわかるのは「死因」だけ。ナイフを振り上げている人が誰なのかもわからなければ、刺されている当人も誰なのかわからない。一番肝心の「誰か?」がわからない。これが本当に難しい。

 そこでこちら。

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 おわかりいただけたであろうか。
 おわかりいただけなかったらもう1回見よう。
 だんだんわかってきましたね? そう、このスケッチ、よくよく見ると“グループ分け”して描かれている。たとえば一番奥に並んで座っている5人組、あそこに書かれている5人組はみんな同じ役職。役職・国籍・親類といったものがグループで描かれている。よーく見ていると、絵からそれぞれの関係性を推測して答えが見つかる場合も結構ある。着ている服や帽子からも推測できるものがたくさんあるぞ。
 私はこの絵だけで10人以上は誰が誰なのか的中させられた。「役職」だけでもわかると、あとは山勘と総当たりでどうにかなります。

Lボタンを活用しよう

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 Switch版の場合は、L・ZL。死の瞬間の絵にカーソルを合わせてL・ZLを押すと、人物とスケッチ画像を照合させることができる。
 私がこれに気付いたのは後半も後半に入ったところ。
 「え? こんなシステムあったの!」とかなりビックリだった。
 もっと最初に気付いていればね……。

え? 終わり??

 ある程度ゲームが進んでくると、最初にボートで運んでくれたおじさんが「おーい、そろそろ帰るぞ!」みたいなことを言う。
 これを聞いて私は狼狽。
 だって「え? まだ6人しか身元の特定できないぞ?」という状態だったから。
 もうヒントはないの? 何か見落としあったか?
 プレイ中の時間でいうと、1時間~2時間程度。まだそれだけの時間しか経ってなかった。
 このボートのおじさんに声をかけられたところでもうヒント提示は終了なんだ。ヒント提示はおしまいだけど、ここからゲームの始まり。身元の特定作業が始まる。

 ここからが本当に大変な作業で……。
 私はこの狭い船の中、なんど全体を往復したか、どれだけ隅々まで見て回ったか……。50人もいる登場人物の顔を全部覚えた、というのは最近のアニメですらやらないことだけど、久しぶりに全部完璧に覚えた、というくらい繰り返し見た。それくらい根気よく繰り返し事件現場を回り、スケッチ画像との比較をして……とやっているとひょっとして古い記録映像や昔の白黒写真から身元を特定する作業ってこんな感じだろうか、現場を何度も往復して確認する刑事の仕事ってこんな感じだろうか……とかいろいろ思うようになった。
 刑事さんて、大変だな……としみじみ。刑事さんにもこの“死の瞬間”が見られる時計があればいいのに。

 映像は古き良きマッキントッシュふうの、昔のパソコンに写真を取り込んだ時のようなノイズの多い画像で表示されている。どうしてこの映像にしたのか、というと予算がなかったから……という理由をどこかで聞いたが、これは大逆転の発想。むしろこのノイズまみれのザラザラした画像のほうが、19世紀という時代感が出ているし、そうした古さを持った記録映像から身元を特定する……という作業自体がリアルなものに感じられていく。今風の高品質な映像にすると、逆にこの世界観特有の風合いが出てこない。この画であるからこそ、“完成形”という感じがする。低予算作品特有の「予算がなくて仕方なく……」ではなく、まさにこれだ! という画になっている。

 それで最初に書いたように、肝心の「この船上で何が起きたのか?」という「物語」は深掘りしない。私もてっきり、解き明かしていく最中で「物語」の提示があるのだろう……と考えていたけど、これはなし。プレイヤーは完全に、事件現場を精査する刑事の立場。状況証拠から何が起きたか、推測することができるのみで、作り手からはなにも提示してくれない。どんなドラマがそこで起きたかは、プレイヤーの胸中にのみ……という構成。
 惨劇の瞬間のみを見せられる……というのはよくよく考えてみれば露悪的といえばそうだけど、プレイヤーは刑事のような立場でその画像をじーっと繰り返し見て、深く考え、そこで何が起きたか……を推測し、事実関係のみを抽出していく。目の前の一枚画で終わりではなく、頭の中で事件の前後を組み立て直し、答えを見付ける、というのが肝のゲームだ。
 それで3人の身元が判明したら答え合わせしてくれる……というシステム。これが判明した瞬間の「やった!」という高揚感。2時間かけてやっと3人判明! ……ということもこのゲームの場合、何度もあった。
 ゲーム自体は非常に短い、惨劇の瞬間だけをパッパッと見ていったら1時間で終わるけども、身元の特定作業で1週間くらいえんえん考え込んでいたかな。そういう意味でとことん考えさせるゲーム、と言える。久しぶりに「解けた!」ということに解放感を覚えるゲームだった。

 それで、結局のところ、この船の上で何が起きたのか? これだけさんざん繰り返し船の中を往復して精査してきたのだけど、実はよくわからなかった。大雑把な枠として理解できたけれども、細かいところで「結局、あれはなんだったんだろう?」と後に疑問として残る部分が多い。
 でもその「物語」の提示はしてくれない。なにしろこのゲームで作られているもの、というのは“死の瞬間”のみ。それ以外のあらゆるストーリーの解説を、一切してくれない。
 そうすると私たちが普段物語を見る時に、いかにカット割りやダイアローグに頼り切っていたか。このゲームは本当に一つの“場面”の画のみが提示されて、そこから読み取れ……とアニメでも映画でも一番大切なこと、“画を見ること”という本質に回帰していくように感じられた。
 1枚の画から何を読み取れるか。その勘がしっかり磨かれていればもっとすぐに色んなことがわかるはず……でもほとんどわからなかった私はそれだけ鈍っていた、ということだ。それを突きつけられたショックも少しあった。
 何が起きたのかわからない。しっかり考えよう……! そうしていく最中に、作り手との純粋なゲーム的な対決も感じられた。作り手側の「さあ解いてみよ」という問いかけに対して、全力で向き合っていく。ゲーム本来の楽しみ方にも回帰いく感覚。
 様々な苦労を重ねて、やっとこさ全ての身元を特定できた……という瞬間の感動! ここまで来ると、もうその船上で何が起きたか、という詳細はさておきで、「ゲームを解けた」という感動がまず来てしまう。というか、そういう素朴な感動体験にも立ち戻れた、という感慨もあった、ということだろう。

 ゲーム自体は非常にシンプル。なにしろこのゲームは“死の場面”しか画として作られていない。本当にこれだけのゲーム。でもそれを解き明かしていく過程で、いろんな大事なことにも気付かせてくれる。終わってみて「やって良かった」という感動に浸れる、紛れもない傑作。インディーズゲームの名作といえる1本だ。
 ……解いている最中は「わかんねーよ、こんなの」とか思ってたけどね。クリアできちゃうと掌返ししちゃうもんです。


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