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ブレスオブザワイルド フィールドワークの旅 その2 シーカー族の残した祠の謎

 ハイラル地方にはあちこちに「シーカー族の祠」が残されている。その数はざっと120。ダウンロードコンテンツで追加されたものもあるので、総数はさらに多くなる。ハイラル全体地図を見ると、それこそ「全土に無数にある」といえる状態だ。

 でも不思議ではないか。どうしてこんな数を作る必要があったのか。なぜハイラル全土に分散されているのか。いつ作られたのか。わかっていることはほとんどないのに、便利なものだから使っている……というのが現状だ。

 情報を整理しよう。
 祠を作ったのはシーカー族で、作られた理由はガノン討伐を目指す勇者に「克服の証」を授けるための施設だ。シーカータワーと連動する仕組みなので、シーカータワーが作られた時代からそう遠くないころに作られたということが推測できる。

 そこまではわかるのだが……たかが一人の勇者のために、作ったものが大がかりすぎではないか。それに同じ頃には強力はビーム兵器を搭載した神獣なるものも建造されていた。そこまで強力な兵器を作りつつ、いまだに古くさい伝承の産物である勇者の伝説を信じつづけていた……というのも不思議な感じがする。
 祠が作られたのは間違いなく1万年前のガノン戦の後で、その当時は神獣と大量のガーディアンが現役で稼働していた時代で、伝承ではガノンに対して「圧勝」で終わったとされている。未来に向けた保険だったとしても、ハイラル全土に大量に作るというのはあまりにも大がかりだし、なにより、この施設のために犠牲になった120人以上のシーカー族を思うと、極めていびつな施設と言わねばならない。
 いったい何を考えてこんな施設を作ったのか――作る必要があったのか……。それを考えていこう。

 祠の中を見てみよう。
 祠の最奥には必ずミイラが安置されているが、だいたいこんな姿をしている。共通して、ズボン、首飾り、腕輪、それから笠を被っている。

 カカリコ村のインパも似たような姿をしている。顔に刻まれたシーカー族の入れ墨も共通している。孫娘のパーヤも顔に入れ墨を入れている。シーカー族の中でこのような入れ墨を入れている者は他にいない。例えばインパの姉であるプルアには入れ墨が入っていない。

 ここから入れ墨を入れられる人というのはシーカー族の中でも特別な1人で、その伝統はミイラを作成していた頃から現在まで続けられている習慣ということになる。
 それが120体だから……想像するとかなり恐ろしい話。シーカー族の祠は数年や数十年で作り上げたものではなく、おそらくは数百年単位の時間をかけて作り上げたものと想像できる。
 幸いにも、ある一族をミイラとして捧げる事業は現在は完了しているようなので、インパやパーヤが捧げられる心配はないようだ。

 こうしたミイラを、一般的には「即身成仏」と呼ばれる。私は仏教思想について詳しく知らないので、Wikipediaを見ると、「仏教の修行者が「行」を行うことを通じ、この肉身のままで究極の悟りを開き、仏になること」と説明している。

 『ブレスオブザワイルド』の世界観に照らし合わせて考えると、いつか訪れる勇者のためにその身を捧げた人……ということになるのだろうか。

 では次に祠の内部を見てみよう。

 祠の中は全体がつるっとした黒い石で取り囲まれている。点々と模様が描かれていて、あれは「星」を現し、線で結ばれたものは「星座」を現している。
 「迷いの森」の「キヨ・ウーの祠」の中では、この模様ははっきり「星座」と明言されている。
 ということは、真っ暗な石で表現されているものは「宇宙」であると推測できる。あれは「壁」だけど、さらにその向こうに無限の広がりがある世界が表現されているのだろう。祠の中は宇宙空間、あるいは「夜」が表現された場所なのだ。

 ではどうして祠の中を宇宙空間にしたのだろうか? おそらくはハイラルの人々が信じる死生観に関係していると考えられる。
 ハイラルの人々が思い描いている冥界の風景が、夜に見上げる空の向こうにあり、死ぬと魂が空へ登っていき、夜空に浮かぶ星になる……そのようにイメージしているのではないだろうか。

 これは突飛な考えではなく、実際に古代人は毎日同じところに没し、同じところから登ってくる太陽を見て、死と再生をイメージしていたし、不毛の冬から再生の春に移る現象も死と再生をイメージしていた。夜や宇宙が死の世界のイメージというのは、特別な宗教観ではない(現代人である私たちも人が死ぬと「星になった」……と表現することがある)。そして宗教によっては、魂も同じように再生すると考えられていた。

 古代エジプトでは人が死亡すると肉体から「バー」と呼ばれる霊魂が離れていき、その魂はやがて肉体に戻り、復活すると考えていた。だから古代エジプトの人々は、偉大なる王の死骸をミイラにして大切に保管していた。

 輪廻転生に近い考え方だが、『ブレスオブザワイルド』におけるミイラ達はある一つの使命を持ち、ある場所に留め置くために作られたものと考えられる。
 『ゼルダの伝説』シリーズの常識ではあるが、この物語の中でははっきりと輪廻転生してくる3人の人物がいる。リンク・ゼルダ・ガノンの3人だ。

 祠の内部空間は輪廻転生を表現したものだが、転生するのはミイラ達ではない。ミイラはいつか転生してやってくる勇者の導き手となるために、不滅の存在となった人たちだ。ではどうしてシーカー族達はその身を捧げ、ミイラとなり、いつやってくるかわからない勇者のために待ち続けたのだろうか。その理由は、ミイラ達自身が“生体認証”だったのではないか。

 祠の立地をみてみよう。
 シーカー族の祠は必ず町や村、馬宿の近くに作られている。ゲーム的な事情はさておくとして、シーカー族の祠は必ず人々の生活に寄り添うように置かれている。世界が崩壊した後も、祠の側から人々が離れなかったのは、それがある場所が人々にとって何かしら精神的な拠り所だったからだろう。もしかすると、その場所を勇者のために守らねばならない……という意識が断片的残って、今でもその周辺に村を築いている……という話かも知れない。

 一方で、祠の近くにはボコブリン達の拠点が築かれているケースも多い。おそらくはガノンサイドからしてみれば、祠は都合の悪いものだったからだろう。
 もしかするとガノンは祠が作られた当時の記憶を持っていて、祠の存在が勇者の力を解放させると知っていたから、それを妨害するためにボコブリン達を配したのかも知れない。

 しかしボコブリン達は祠を破壊することも、中へ侵入することはできなかった。
 まずシーカーストーンがないと絶対に入れない仕組みになっている。破壊しようにも、爆弾を投げつけても固い刃物で斬りつけても、傷一つつかない。恐ろしく頑丈に作られた祠だ。ボコブリン達は祠の場所を察知することはできたけれど、祠自体に手を付けず、その手前に拠点を作ったのは、1万年の歴史の中でとうとう破壊できなかったためだろう。

 もしも万が一なにかが起きて、ボコブリン達が祠の中に入るかも知れない。するとそこにあるのは複雑な謎解き。ご存じの通り、ボコブリンの知能は非常に低く、リンクの姿を発見しても、十数秒視線から外れると、その存在を忘れてしまう。ボコブリンにしてもモリブリンにしても異様なほど粗暴で、人間を見ると容赦なく襲いかかってくるのだが、知能に関していえばアリ並だ。このボコブリンが祠内部の謎解きを突破することは不可能だろう。

 それでももしものもしもが起きて、偶然にも謎解きを乗り越えて、シーカー族のミイラの前まで進めたとしよう。そこには青いシールドが張られているので、ボコブリン達はこのシールドを破壊することができない。リンクでなければこのシールドを解放するとはできない。最終的にはミイラ自身が意思を持って判定しているわけである。究極の“生体認証”システムだ。リンク以外の何者かが克服の証を強奪しないための保険だ。幸いにしてリンクやゼルダ姫は転生後もだいたい同じような顔をしているので、転生前の顔を知っていればすぐに見分けることができる。

 でもひょっとすると、ミイラは目の前の人物が本当にリンクだったかどうか、正確に判定していなかったかも知れない。
 祠の試練を乗り越え、ミイラの前まで進むと、このようなメッセージが現れる。

「試練を克服され、よくぞここまで……。貴方様こそ、紛うことなき勇者」

 「試練を克服した」から「勇者」だ……という表現だ。もしかすると、ハイリア人であれば、誰でもミイラの前まで到達すれば勇者と認められ、「克服の証」を授けてもらえたかも知れない。
 だけど結局のところ、祠が作られてから数千年という時があったのにもかかわらず、誰もミイラの前までやってくることはなかった。祠を作成した古代人の見込みは大正解だったわけだ。

 では次の疑問に移ろう。
 祠内部に作られた点と線の模様が星と星座を現しているとわかれば、外観が何を現しているのか、すぐにわかる。

 祠の下部、うにうにしているところは雲だ。祠を起動したとき、まずこの雲の部分がオレンジに輝くので、日没直前の雲を現していることがわかる。

その雲が青くなると、星が浮かび上がる。夜になったことを現している。

 では、これはなんなのだろうか?

 シーカー族を現すサインだが……どうしてこの場所なのだろうか。
 本来なら月が描かれるところに、このサインが現れる。時代的に考えて、会社の社章とか、そういうものではないだろう。これはシーカー族の「神」を現すサインではないだろうか。

 こうした宗教的サインは、現実世界にも見られる。誰もが知っているキリスト教のサインである「プロビデンスの目」などは有名だ。アメリカの1ドル紙幣にもこのサインが描かれている。
 でも不思議といえば不思議だ。ハイラルでもっとも偉大な神とは、女神ハイリアだ。祠の中のミイラも「今こそ女神ハイリアの名におき、克服の証を授けましょう」とメッセージを残す。シーカー族も女神ハイリアを信仰している。ではなぜ、ハイリアのサインを祠に掲げなかったのだろうか。

 別の側面から考えてみよう。
 インパが座っている場所の背後には、年代物のタペストリーが飾られている。年代物といっても、日焼け痕が少し付いている程度で朽ちた感じもしないので、制作年代そのものは、そこそこ新しいと考えられる。製法が継承され、何度も作り直されているものと考えられる。

 このタペストリーにはハイラルの古い歴史が伝えられている。

 全体像を見るとこんな感じ。ゲーム中、何度か登場するので、『ブレスオブザワイルド』のプレイヤーにとってはお馴染みのものだ。
 読み方の順序もご存じの通り、上段、中段、下段と見ていく。
 ただし、ゲーム中で語られているのは基本的には中段の物語のみで、上段と下段に書かれているものはさらっと流されていく。そこを詳しく見てみよう。

 まずは上段左側。インパが語るシーンでは、上段左、上段右、上段中央という順序で画面が出てくるので、その順序通りに読むのが正しいのだろう。
 画像は攻略本の表紙カバーを外したところにある画像をスキャンした。やや見づらいが、これ以上にいい資料はないので、これを使用する。

 絵を見ると、最初は燃えあがる森の光景から始まっている。奇妙な人間が描かれているが、これはおそらく古代ハイリア人を現しているのだろう。左側の人が斧を持っている。これは伐採を現している。次の人が地面に棒を突き刺している。3人目の人が地面に芽吹いた草を見下ろしている。その背景を見ると、雨が降っている。
 森を破壊し、土地をならし、新たな芽を植え直した……という経緯がここに描かれている。

 ハイラル城から東側へ行くと、巨大な古代樹の跡が残されている。切り株だけでも直径10メートルほど。高さは100メートルに達すると推測される。アメリカにあるセコイア国立公園にこのスケールと同じくらいの巨木がある。
 おそらくは、かつてのハイラルにはこのスケールの古代樹がたくさんあったんではないか……と想像される。

 ハイラル城から南西にしばし進んだところにあるダフネス山にも古代樹の痕跡が残されている。これだけの大木が、こんな距離感でひしめいていたのだろうか……という疑問はあるが、これがもしかするとハイラル原生林の名残かも知れない。

 それからバウメル高地にも巨大樹の痕跡がある。ということは、現在のハイラル平原一帯は、かつて鬱蒼とした巨大樹の森だった可能性がある。
 古代ハイリア人はそれを根こそぎ伐り倒し、後にできた平原に城や住居を建てた……タペストリーはその歴史を描いていると考えられる。

 そうすると古代樹の切り株が一部残された理由はなんだったのだろう。
 もしかすると、古代樹が残りわずかとなったとき、ふとかつてのハイラルが失われるということに気付き、その痕跡を残そうとしたのかも知れない。人は「あと残りわずか」という状況になって、初めてそれそのものの価値に気付くものだ。古代樹がもうそこにしかない……と気付いたとき、ふと「残そうか」と思い至った。それも現在では朽ち果ててごく一部を痕跡として残すのみとなったが。

 では次の物語を読んでいこう。
 間に荷を積んだロバのようなものが描かれ、その次に街が出現している。
 馬が描かれているのは、その間に「たくさんの仕事をこなした」ことを現しているのだろう。それにしても発展が急だ。なにがったのだろう。
 この街の光景だが、よーく見てみると街の中心に描かれているのはシーカー族だ。まるでシーカー族が「自分が建てた」と言いたげな様子だ。

 ここで一つ推測をするのだけど――実際、ハイラルの町並みを作ったのはハイリア人ではなく、シーカー族だったのではないだろうか。
 ……これには答えはないけれども。

 ただ、もしシーカー族の技術が中心だとすると、前回の答えが出てくる。「アッカレ砦は誰が、どのように建設したのか?」という疑問だ。あんな見るからに固そうな岩盤を、その形を崩さず、その上に硬い石をいかにして積み上げることができたのか?
 あの時代に、あれだけの石を持ち上げるクレーンがあったのだろうか。

 もしシーカー族の技術だった……という話になると、簡単に解決する。シーカー族には空を巡回し続けるガーディアンや、ヴァ・メドーのようなものを作る技術もあったわけだから。シーカー族の技術があれば、難事業も成し遂げられただろう。

 そろそろ上段右側の絵を見てみよう。
 絵は右から中央に向かって読むようだが、まずハイリア人が頭を下げて敬う姿が描かれる。次に王様が現れる。ハイリア人はこの王様に対して頭を下げているというのがわかる。
(この頭を下げている人々が本当にハイリア人だろうか……という疑問がある。もうちょっと人間らしい姿に描くものではないだろうか。これだと別の種族に見えてしまう。しかしこういう顔をした種族が物語中に登場していないので、「おそらくハイリア人だろう」ということにしておく)

 その次だが、王様と護衛の兵士が描かれ、さらにシーカー族が様々な機械を操っている姿が描かれる。

 すでにシーカー族が飛び抜けた技術を持っていたことが示唆されてきたが……。一つ大きな疑問だが、シーカー族はハイリア王に隷属する民だったのだろうか。ここまで優れた技術を持っていたら、ハイリアの民より上の立場になりそうだが……。ハイリア人とシーカー族の関係性がどうだったのかは、この絵からは読み取るのは難しい。

 ところでシーカー族の姿が少し気になる。どちらかというと「シーカー族」というより、「イーガ団」の姿に近いように見える。もしかすると、実はイーガ団のほうが、本来のシーカー族の姿に近かったのかも知れない。
(顔のシーカー族を示すサインが逆さまだが)

 上段真ん中に入る。
 王城を中心に、シーカータワーが建設されていく。
 果たしてシーカータワーの建設計画は王城を中心と考えていたかわからないが、この記録はハイリア人側からの視点で描かれるので、王城が中心になっている。

 絵は中段に入っていき、シーカータワー、ガーディアン達が作られていき、いよいよガノンとの対決が描かれていく。
 ここでのシーカー族の姿が不思議だ。あたかも魔法でも使っているような姿が描かれている。この時代ではシーカー族の技術は、「科学技術」というより「魔法」とみなされてたかも知れない。その当時が思っていた印象で絵は描かれていたのだろう。

 もう一つの疑問は、この戦いの絵の中に、ハイリア人が描かれていない。描かれているのはガノン、リンク、ゼルダ姫、ガーディアンとシーカー族だ。描くスペースがなかったからそうなったのか、実はガノンとの戦いにハイリア人が関わってなかったのか……。

 次に下段の物語を見てみよう。攻略本の表紙をスキャンしたものなので、コピーライトががっつり入っているが、気にしないで見てくれ。
 下段の物語は左から右へ進むようだ。

 まず拳を振り上げているハイリア人が描かれ、命令する王様、次に兵士達が槍を持って攻撃する姿が描かれている。
 絵をずーっと右へ移ると、逃げ出すシーカー族の姿が現れてくる。これがハイリア人とシーカー族の対立の光景を現している。

 この当時の物語は、断片的に『ブレスオブザワイルド』の時代でも語り継がれている。
 カカリコ村のインパ御殿を守る門衛は、このように語る。

ボガード「我々シーカー族は英知の民として知られていました。その技術は1万年前に起こった厄災の際、ガノンを封じる要となり、一時は神の力とさえ言われ、讃えられていましたが、次第にそれは国にとっての脅威とされ、シーカー族は疎まれる存在となり、国を去らざるを得なくなりました……。その時我らのように技術を捨て、普通に生活する者もいれば、王国に恨みを持ち、ガノンに忠誠を誓う者も現れました。それがイーガ団と呼ばれる者達なのです」

 さて問題だ。

 ハイリア人とシーカー族が袂を分かったというのは、“いつ”だったのか。
 ハイラル王は、あれだけ協力してくれたはずのシーカー族をいつ一方的に弾圧するようになり、技術を捨てるよう迫ったのだろうか。またその理由は何だったのだろうか。
 私は、シーカー族の祠はガノン戦の後に作られたと考えている。ハイリア人はガノンがいずれ復活する……と知っていたわけだ。ガノンを撃退して、平和が訪れたわけではない……ということを知っていたのだ。でもその祠を作るためには、シーカー族の古代技術は必要だった。
 シーカー族の祠制作事業がすべて完了してから弾圧を開始したのか。それともその前か?  難しい問いだ。

 『古代の鉄の神々』という本には、次のような説が書かれている。
 スサノヲノミコトとは「渚沙の男」のこと。これは海や川の州(渚)に堆積した砂鉄を採取して、鉄を作っていた男達の集団を指す言葉だった。おそらくは新羅から渡来してきた韓鍛冶集団が祖神としていた神で、島根県の斐伊川・神門川にそって西出雲の奥地に入り、その場所に定住した神であると考えられる。そこで勢力を振るい、やがて先住の神であった天照大神を祖神とする集団と対立するようになった……。これが『古事記』に描かれていた天照大神と素戔嗚尊の対立物語の真相である――とこの本の中では推測されていた。

 この推測がどこまで正しいかはさておき。ポイントは素戔嗚尊が具体的な王や神官などではなく、ある鍛冶集団が共有意識を作るために生み出された祖神である……ということ。

 人はどうして「神様」を作る必要があったのか。それは『サピエンス全史』にも書かれていた。人間の認知能力の限界は150人までしかないため、それを越える人達と共有意識を作るために、「物語」が発明された。その物語こそ「宗教」であり、「神話」であり、「神様」だった。
 だから新羅から渡ってきた韓鍛冶集団が、自分自身を結びつける共有意識、帰属意識を作るために生み出されたのが素戔嗚尊という神様だったわけだ。

 なるほど、神様はこうやって生み出されていくものか……ということがわかるお話だ。

 話は『ブレスオブザワイルド』に戻ってくるが、シーカー族が掲げていたあのサインも、シーカー族が本来信奉していた神様を示すものだった可能性がある。
 技術の格差が脅威論を生んだ可能性もあるが、宗教観の違いも、対立の切っ掛けになる。

 ではあのタペストリーの最後の部分を見てみよう。「パーフェクトガイド」とガッツリ文字が入っちゃっているけど、そこは気にせずに。

 逃げ出したシーカー族達は、最後に2つに分かれる。一方の行く先には女神ハイリアが描かれている。これはシーカー族が女神ハイリアを信仰するようになった……ということを現しているのだろう。
 つまり、ここにあったのは「宗教対立」だ。
 もう一方の集団は、「下」に落ちる。下に落ちる、ということは文字通りの意味で「転落」という意味だ。転落したシーカー族は武器を手に持ち、ハイリア側と向き合う格好になっている。顔のサインも逆さまになり、対立の意思が示されている。これはシーカー族がイーガ団に変わった瞬間が描かれているのだろうと考えられる。
 イーガ団がタペストリーに描かれている姿に似ているのは、かつての弾圧の時代から続く「抗議の証」があった可能性も少しある。イーガ団達はハイリア人への反抗を示すために、彼らにとって本来あるべき衣装を着て、自分たちの一族のアイデンティティを主張しているのかも知れない。
 シーカー族の現在の姿のほうは、本来の彼らの姿とは違ったのかも知れない。

 ところでイーガ団は確かにハイリア王と対立していたが、しかしガノンの手下というわけではなかった。ではイーガ団はいつガノン側に付いたのか――それは『ゼルダ無双』の中で描かれていた。『ゼルダ無双』におけるイーガ団は、ガノンの手下ではなく、敵を同じくする集団として協力関係にあった。『ゼルダ無双』では最終的にリンクとゼルダ姫側に寝返るのだが、実際にはこの時ガノン勢力に加わり、“モンスター”となったのではないかと考えられる。
 どうしてイーガ団がモンスターになったといえるのか? それは赤き月が昇るとき、魔物が復活する。この時にイーガ団の犠牲者も復活する。ガノンに取り憑かれたガーディアンも復活する。イーガ団もガーディアンも、モンスターになってしまったからでしょう。
(実際にはイーガ団を倒すと、煙を後に残して「逃げる」という表現を使っている。実はイーガ団は1人も死んでいない……。もしも実は1人も死んでいない、ということであればイーガ団はいまだにモンスターになってはおらず、人間のままかも知れない)
 イーガ団はハイリア王と対立していたけど、ちゃんと人間だった。それが100年前のある地点を境に、魔物となってしまったのだった。

 そろそろ答えを出そう。
 シーカー族の祠がいつごろ制作されたかまではわからない。ではハイラル王の弾圧が後か前か……という話だが、ハイリア王の弾圧の前であると、ミイラは「女神ハイリアの名におき……」とは語らないはず。「我らシーカー族の神の名におき……」と語るはずだ。するとハイリア王の弾圧があり、シーカー族は本来信仰していた神を捨てさせられた後であると推測する。

 ハイラル王は弾圧の後、シーカー族の技術をいきなり捨てさせたのではなく、その技術を利用して、将来現れるであろう勇者のために祠を作らせた。
 祠の入り口にシーカー族のサインが残されていたのは、彼らなりの抵抗の証、自分たちが何者か忘れないようにするためのものかも知れない。
 シーカー族が信奉していた神様の名前がなんだったのか……それはわからない(最有力がズバリ「シーカー神」)。それこそハイラル王が捨てるよう迫った最大のものだったかも知れない。

 するとあのミイラは何だったのだろうか……?
 もしかすると……「刑罰」だったのかも知れない。
 なにしろ捧げられたのが120人以上。しかも族長といった高位の者がミイラとなっていた。インパの御先祖が120代もつづけてミイラにされていったのだ。長寿のシーカー族は100年生きるから、事業の完了までざっと1200年。未来への危機意識や女神ハイリアへの信仰だけを考えてみても、ちょっと異様な数だ。

 ひょっとするとあのミイラはハイリア王による刑罰だった……というのはあくまでも私の想像だ。シーカー族は純粋に新たな神であるハイリア神を信仰して自ら身を捧げたのかも知れない。これに関する答えはない。

 では最後に、どうしてミイラを――つまり不滅の存在を作り、いつやってくるかわからない勇者の対応をさせたのだろうか。
 おそらくは、伝承が忘れられる可能性があったからではないか。なにしろガノンの復活はいつなのかわからない。数百年後か、数千年後か……。私たちの歴史を振り返ってみても、50年前のことですら曖昧にしか伝わっておらず、100年前になると誰も知らない世界だ。今までの『ゼルダの伝説』シリーズを振り返ってみても、ガノンとリンクが戦った歴史なんて、だいたい忘れられてきた。忘れられるのが当たり前なんだ。そんな昔の話を記憶しておくなんで不可能だから。
 『ブレスオブザワイルド』の物語でも、1万年間脈々と語り継いできたように描かれてはいるけれども、実際はそんなわけはないだろう。途中で忘れられたり、再発掘されたりするものだ。その過程で解釈の違いで変質していったりするものだ。私たちの歴史ですら、忘却と再定義で紡がれていくのだから。
 そこで記憶を永久に留めておけるミイラを作ったわけだ。人々がうっかり忘れていても、ミイラが記憶してくれるわけだから。

 話はここで終わりだが、「鉄」の話が出てきたので、こんな余談を最後にしてみよう。

 ハイリア湖の東側の山に、「アデヤ村」と記された廃墟がある。行ってみると、かなり“不自然な地形”をしている。山が奇妙な形に陥没して、そこに水が溜まっている。民家の跡があることから、もともと「池」や「湖」ではなく、厄災復活後に雨水が溜まって湖になったと考えられる。

 近くへ行って地形を見ると、一見すると「緑」で描かれているので自然豊かな風景に見えるが、ところがよく近付いてみるとこれは「苔」であることがわかる。
 おそらくガノンの厄災が起きた直後、ここは土も剥き出しの不毛の土地だったのではないか。ところが100年のあいだに近くの湖から湿気が這い上ってきて、その湿気とともに苔が広がっていったのだろう。

 村の跡を俯瞰から見た風景だ。右側の地形の稜線から、いきなりパツッと地形が切り取られている様子がわかる。
 この奇妙な地形から、私は100年前までここは製鉄所であったと推測する。
 まず山が削られているのは、鉄の製造のため、この周囲の山を削り、鉄に変えていたためだろう。山を少しずつ削り、民家の場所もそれに合わせてじょじょに低くしていった。その時代では雨が溜まらないように工夫されていたはずだが、100年間放置し、土砂が溜まった結果、雨が排水できなくなり、やがて湖と呼ばれるほどに水が溜まっていった。

 もしかしたら、ある時期までここは鬱蒼とした森であったかもしれない。木炭を作るために、周辺の木を根こそぎ切り倒して、あのような風景になったのかも知れない。
 すぐそばがハイリア湖だけど、こちらも植生がパッとしない。これだけ大きな水源が側にあるのに、こちらも苔ばかりが生えている。これは鉄の製造のために周辺の森を根こそぎ伐り倒した跡だったから……かもしれない。

 ハイリア人がいつ製鉄の技術を会得したのかわからない。タペストリーを見ると、原始的な斧や鋤を作る技術はもともとあったのは間違いない。ハイラル城下町の建造にはシーカー族の技術が大いに援用されていたことからすると、シーカー族からさらなる鉄加工技術を学んだのかも知れない。

 ハイリア人は技術を学び、強力な武器を作り出し、ついにはシーカー族を圧倒してしまった。シーカー族は技術も体術もハイリア人をはるかに圧倒していたはずだった。

 『ゼルダ無双』におけるインパのアクションが、イーガ団のアクションによく似た部分があるところから、もともと同じ流派から分化していったもので、しかも見た目から共通部分が見られるということは、それが分化していったのはさほど大昔ではない……ということになる。
 もしもはるか大昔に分化していったのなら、もっと区別がつかないくらい違ってくるはずだ。
 おそらくかつての時代では、シーカー族の体術対ハイリア人の武装勢力の戦いになったのだろう。ここでハイリア人はそんなシーカー族を圧倒するほどの武力を身につけたわけだから、鉄の製造技術がいかに重要だったかがわかってくる。シーカー族はうっかり兵器製造技術を教えてしまったために、やがてハイリア王に攻撃を受けるようになってしまったのだ。

 『ブレスオブザワイルド』は地形を見ながら、いろんな空想を広げる楽しみがある。こういったゲームは前例がないくらい、テキストで語られないゲームだが、しかし描かれているものが少しずつ私たちに語りかけてくる。それは歴史探訪の感覚に近いものだ。こうした楽しみを見付けるのも、ハイラルを旅する醍醐味となるだろう。

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