漫画学とドラマ理論 第23回
(Ⅰ)集英社と講談社の戦術の違い。
① 「集英社」
皆さんは大学のミスキャンパスを知っているだろう。今じゃ当たり前に大学の学園祭の華になって恒例行事だ。では最初に誰が仕掛けたかご存じだろうか。答え:ヤングジャンプです。
ヤングジャンプはちょっと変わっています。ジャンプが付くからジャンプ編集部と同じ局だと思っている人が多い。違います。何と週刊プレイボーイ編集部と同じ局なのです。どうしてそうなったかというと、ジャンプ編集部を追い出された人が負けるものかと作られたのがヤングジャンプ編集部なのです。
ここからが本題です。創刊号から見てみるとミスキャンパスがグラビに出ているのです。当時はこれ自体凄い企画でした。タレントでもないしモデルでも女子大生にこんなに奇麗な女の子がいるんだと思ったのです。不思議なのは毎週のように大学のミスキャンパスのグラビアが途切れない。
実は、創刊が決まった1年前から、ヤングジャンプ編集部とプレーボーイ編集部は凄いことをやり始めていたのです。全国の大学の広告研究会と接触して「ミス〇〇大学」をやってくれないかとお願いに行っています。支援はするのはもちろんですが、全国の大学に行っていることが凄い。そんなこと創刊前に普通考えない。もちろんプレイボーイがいるのだからグラビアで成功するという自信はあったのだろう。これを漫画連載の漫画家のメンバーを集めながら、そんなことは普通考えないだろう。成功するのかどうかわからないのだから。余程自信があったと思う。
創刊号を見ると成功作が何本かある。おそらく初年度から黒字であったと思う。しかしそれは漫画の話であってグラビア本の話ではない。副次的とは言いながらグラビア本は価格が高いですから相当な利益を当初からあったと思われます。
「鬼滅の刃」も特筆すべきでしょう。第1巻がたった26万部だったのに、まずアニメができて、その後日本中のコンビニの商品や自動販売機の商品を「鬼滅の刃」だらけにした。これは凄い宣伝効果です。これが終わるころに「映画」が公開する。そして「鬼滅の刃」の第1巻はたった1年で600万部。アニメからコンビニ展開、そして映画までたった1年間です。注目すべきはこの連係プレーです。「編集部」「ライツ関係部署」などがガッチリ協力関係を築いていないとこれはできない。両者のどちらかに情熱がない人間がいると無理です。あの作品は明らかに「売れた」のではなく「集英社が売った」のです。凄い。
だから「集英社は怖い」のです。元々違うことをやっていた編集部が協力して一致団結して企画を考えて実行に移す。「売る」と決めたら編集部、営業が一致団結して一斉に「売る」。変な縦割りがない。戦争で言うと、小隊、中隊の理想的な行動です。組織の見本みたいな話です。
若い頃、早く売れ行きが知りたくてコミック販売の営業課に行った。最初みんな驚いていた。何でも営業に現れた編集者は私が初めてだったそうだ。そっちの方が驚いた。売ってくれている部署に行っていないとは思ってもいなかった。
みんな親切にデータを教えてくれるのだが、ある日「おい、お前!!誰の許可をもらって入ってきた!!」と怒鳴るオッサンがいた。(うん?だれだ!?)「あなた、どなた?」新しい課長が来たとは知らなかった。そのガマ親分みたいな顔をした課長が近づいて私の胸ぐらを掴んだ。ここでカーッと来ちゃった。「おい、こりゃなんだよ。俺の会社だろ。どこに入ろうが許可いるんですか!!」「なんだあ、生意気な」仕方がないので私も胸ぐらを掴んだ。殴ってきたらこっちのものだと思ってニヤニヤ笑っていたら、ガマ親分の眼がぴくぴくしだした。そこで周りの人たちが間に入って事なきを得たわけだが、「マガジンの石井ですよ!聞いたことあるでしょ!!」ガマ親分もハッとしていた。それからわざと毎日コミック販売に行った。なんどもガマ親分と言ったので、気が付く人は気が付くだろう。息子の顔も浮かぶだろう。息子だよ!
こんな調子だったのだ。それでも漫画関係に関しては、少しずつ営業と編集は連携を取れるようにはなった。しかし集英社はこんなじゃなかったと思う。こんな人いないでしょ、普通。
しかし忘れてはいけないのは「まず企画ありき」なのです。
① 講談社の組織の作り方。
結果から言うと、どう見ても行き当たりばったり。私は新入社員の時「月刊少年マガジン」に配属したが、描いている漫画家のメンバーが変だった。マガジン出身が余りいないのです。元々週刊少年マガジンの増刊誌で、独立したのに何で週刊少年マガジン出身者の数が少ないのはおかしな話です。いたとしても週刊少年マガジンで連載失敗したり、もう週刊では要らないと思われている漫画家なのです。大半は他社出身の漫画家ばかり。週刊少年マガジンから独立して3年なのですが、明らかに週刊少年マガジンは協力する気はない。編集長同士のつながりで、三人週刊で連載している漫画を使わしてもらっているという状態だった。なんかおかしいですね。新雑誌「月刊少年マガジン」を盛り立てるのが普通でしょう。それをしない。だから廃刊寸前。
横に「ヤングマガジン編集部」があったが、この創刊の経緯もいいかげんでした。ヤングジャンプが成功したからやってみましょうという感じで、創刊前にどういうコンセプトで行くか、どういうメンバーで行くかなんて決まっていなかったそうだ。最後の半年ぐらいでドタバタ決まった。
要するに講談社は「企画ありき」で編集部を作っていない。まず「編集部」という「箱」を作ってあとは「運」だと思っている。多くに人の企画というのは、アバウトで抽象的です。「今、大学生あたりの読者が増えたから、そのあたりを狙った雑誌作ったら」で重役会で決まっちゃう。集英社とはえらい違う。
一番驚いたのは「モーニング」の創刊だった。創刊日の4か月前だというのにラインナップが決まっていない。普通の雑誌ですら最低3か月前にラインナップは決めていないとマズい。だいたい創刊の1年前に新雑誌研究部という実質編集部ができるのだが、いったい8か月間何をやっていたのか。編集長のよくわからない漫画論を部員たちが聞いていたのを覚えている。具体案が全くない。いいのかなあと思っていた。もうその頃はヤングジャンプやジャンプの情報を集めていたから、ずいぶんと違うし変だなとも思っていた。
「モーニング」編集部は隣だから声がよく聞こえる。ある時編集長のオッサンが「パレスチナ行って戦争ドキュメンタリー漫画描け」と言った。当時中東戦争でイスラエルやパレスチナはとんでもないことになっていた。(この人、本気で言ってんのかな?)
何とか創刊誌ができたのだがラインナップを見て、啞然とした。これで上手く行くのかな。企画もクソもない。漫画家にお任せなのだ。ある時営業部長と編集長が言い争いをしていた。創刊の部数についてだった。ビックリしたのはこの編集長は100万部だと言っていた。営業部長はそれはまずいとデータを持って説得した。創刊誌で100万部なんてありえない。結局60万部で落ち着いた。それでも多すぎる。
宣伝費も相当かけた。開けてみたら売上率50%、返品の山だ。そうだろうなあと思った。怒った営業の連中が1万部ぐらい朝早くモーニング編集部に積んで置いていった。出社したら隣のモーニングのオジサンたちの顔が、返品の雑誌で見えない。
「モーニング」はその後「ホワッツ マイケル?」などで上昇したが奇跡だ。またヤングマガジンも30万部あたりで赤字だったが、「ビーバップハイスクール」で100万部越えを果たした。これもまた奇跡だ。
創刊すのはいいが、「具体的にどういうものにするか」「どの作家を使うか」がないのだ。神風を待っているとしか思えない。一番理解できないのは「同じ局」なのにメインの週刊少年マガジンなどとみっちり協力関係をもって創刊しないことだった。
まず「箱」を作ってあとは「運」だというのが今も続いている。違うという人もいるだろうが具体性がない企画は企画とは言わない。評論です。
私は「まんが学術文庫」編集部を作ったが、一番困ったのが「哲学」「宗教」が好きな漫画家を集めることだった。そうでなくても漫画家がいれば編集してこちらが作ることができる可能性はある。社内掲示板で、開いている漫画を紹介してくださいと何度も書いたがほとんど無だった。予想はしていたが相変わらず酷いものだと思った。本当は漫画家はいるのだ。協力するという伝統がないのだ。仕方がないからいろんなところからスカウトしてきた。よって「まんが学術文庫」で描いてくれた漫画家は講談社出身が一人もいない。宣伝費も少ないから社内中の人に頭を下げてお願いした。だから局が違う「現代ビジネス」に漫画が載ったのだ。これでよく年間25冊も作ったものだと思う。
しかしたった1年で廃部。赤字だから。この手のシリーズは最低3年か4年は様子を見なくてはわからない。1年で消えることは普通の出版社じゃない。だいたいこの手のものが1年目から黒字になるわけがない。凄いですねえ。
これでわかるでしょう。「集英社」に勝てない理由が。
② 「編集長の選び方」
これがまた違う。具体的に実績がある人が編集長になるのが集英社。何だかわからない人がなっちゃうのが講談社。今までチラッと言ったが漫画を作ったことがない人を編集長になることもある。大物や売れっ子新人をたまたま担当していたぐらいで、「あの人は凄い」なんて言っちゃうのが講談社。私は不思議でしょうがなかった。そんなの新入社員でもできる。「原稿運搬人」にしか見えない。原作を書くなんて、ぜったできない人がなっちゃった。「ヤングマガジン」「モーニング」は明らかに漫画家の力だし、部下の頑張りだった。
困るのはある種この手の無能な編集長が重役なんてなっちゃうとみんな困るのだ。頓珍漢なことばかり言うし、やってくれるのだ。
「結論」
集英社にはノウハウが蓄積するのがわかるでしょう。講談社には個人にノウハウはあっても、組織としては無い。あたりまえです。組織の作り方がおかしいし、同じ会社なのに「共同体」意識が薄いのだ。隣の部署なんて知らねえよ、なのだ。これじゃあ、勝てない。
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