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2年ぶりに会った友人から出された宿題

会うまでの経緯

先日約一年前に宮崎から東京に出て行ったK君から連絡がきて、「三連休帰るのでよかったら会いませんか?」とのこと。妻が臨月を迎えているため、遅い時間にならないこと、私はお酒を飲めないことを了解してもらい、2年ぶ
りに会うこととなった。

K君との出会い

K君とは8年ほど前にガソリンスタンドのバイト先で知り合い、私はダンサー、彼はドラマーということで意気投合し、年齢こそ5つ離れているが、互いの状況をよく報告しあったり、表現活動に対する考えを述べ合う仲になっていた。5年ほど前から営業系の会社にJoinし、そのままマネージャーなどを経て本社勤務が決まり、去年の11月ごろから東京に引っ越していたそうだ。

迎え〜移動

まずは17時の便で到着とのことで空港に迎えにいく。

宮崎ブーゲンビリア空港

天気はあいにくの曇りで宮崎特有の、気持ち良く抜けた青空は見られなかった。
予定よりも10分ほど遅れて到着し、合流できた。久々に会うK君は身長が伸びたように感じた。そのことを伝えると「よく言われます」とのこと。30越えても身長って伸びるんですね。
そのままの足で、宮崎の繁華街へ、三連休だからかとても人がおおく、どの店も入ることができなかった。

橘通

1時間ほど歩いて選んだお店はこの通りを進んだ角の2階にある「BIRD」というお店、川越という和ダイニングをやっているお店の系列店なので、味は間違いない。撮った写真はない。

何通りだっけ

本題

彼から連絡をもらった時に、話の内容は二つあると思っていた。
1.今の労働及び、生活環境に対するK君の考えをシェアしてもらう
2.私と一緒に働きたいという思いを伝えられる
このどちらかだ。
今日まで、たまに私のビジョンを聞いていくれていたり、逆に私が追い詰められてそうな彼を心配するやりとりが、Instagramのメッセージで行われていたからだ。

店に入るとカウンターに通されたが、お客さんが多いとのことで料理の提供に少し時間がかかるとのこと、逆にゆっくり話せるため好都合であった。
私はノンアルを、彼は生を注文し外にタバコを吸いに出た。
狭い路地を見下ろせる喫煙所で、まず現状を聞いてみた。

現在の仕事はセールス代行のアポイントメント獲得がメインで、少し前までマーケティングの部署と掛け持ちしていたが、最近外れたとのこと、大きな売上に直結するまでの成果は上げきれていないが、ハイスペックな東京のビジネスマンたちに揉まれながら、宮崎では経験できない目まぐるしい日々に刺激をうけ、必死に食らいついているとのこと。心から楽しいとは言えないが、成長できる環境に身をおいていることにワクワクできていると、力強く話していた。

数分経ち、私たちは席に戻った。
ドリンクはまだこない。厨房は忙しさを増していた。

カウンターにて

そのまま話は続き、今まで感覚値だけで生きてきた人間が、ゴリゴリベンチャー界隈の人たちと、仮説に基づき実践とデータの蓄積を続け、結果に対して尋常じゃないほど心血を注ぐ世界に足を入れたことで、結果の出し方(HOW)を学ぶことができている、今はまだ人が出している実績を見てその方法を自分に落とし込んでいる最中とのことだ。

ToCのみであるダンス事業をどのようにToBの事業にも展開させていくかを話した時に、ざっくりではあるが、ペルソナの設定・仮説を立てる、・仮説から営業先リストを作り、まずは手当たり次第アタックする。この流れの説明がとてもスムーズだった。
目の前で何度も同じことが繰り返されているからこそ出てくるスムーズさだった。

彼はアタックして、アポイントを取るところまではできているが、
その後商談担当が売上に繋げることができていないことが多く、売上に直結する動きができていないし、まだ未熟だと言っていた。

私としては「十分すぎるだろ」と感じたが、会社の売上げを増やせる人間になって初めて自信が持てるそうだ。どんどん語気も強くなり、音楽をやってきた人間が結果にコミットする環境で働くことの辛さや、今までの苦悩を漏らすこともあったが、彼は常にポジティブだった。常に周りに馴染めない自分の状況に弱音を吐く宮崎にいた頃の彼と、目の前にいる人は別人になっていた。

いよいよ

一通り仕事や学んできたこと、実績に対する渇望を話したところで、彼の口から、こんな言葉が出た。

「二年待ってください。実績出したら宮崎に帰ってきます。ずっと東京にいるつもりなくて、宮崎で音楽とかダンス、エンタメに関わる仕事をやりたいんですよ。だからMasaOさんのところで働きたいと思ってるんですよ。」

想像はしていたが、本人の口から伝えられると、嬉しい反面、東京で実績を作った彼が全力で働ける環境をわたしは提供できるのだろうか?そんな不安がよぎった。だが私は「待ってる。もう8年の付き合いになるしK君のことはわかっているつもり、同じ気持ちで会社という箱を通じて、社会的意義のあることを、最後までやり遂げられる人と働きたい。」と伝えた。この言葉に二言はない、彼は絶対に実績を上げて帰ってくる、私は何があっても会社を無くすことなく彼にそれなりの報酬を支払えるだけの体力をつけておかなくてはならない。

私の心は震えた。(そう言えば西野かなさんは復活したそうな)

最後に彼は、私に宿題を出してくれた。

会社の顔として人の興味を惹きつけられるための話術の習得

  • どんな場面でも使える2分で話し切れる自己紹介トークスクリプトを数パターン作成する

会社のビジョンを一言で表せるようにする

  • なにをやっていて、どこに向かっている会社なのか長々と話さないと伝わらないようでは共感を得られない

  • ビジョンは短く簡潔に

「MasaOさんの話は、しっかり聞けば何やりたいか、どんなことをやっているかわかるんですが、営業の場やピッチの場でそこまでゆっくり話は聞けません。雑談で話すのであれば、感覚で長く話しても問題ないのですが、仕事の場所、ましてや営業の場で毎回感覚で話していると、どのトークが確度高いのかデータを取ることができないので、仕事の場の話はすべて徹底的に作り込むべきです。そうしないとマーケもどこに売り出して、営業も誰に売ればいいかわかりません。」

納得した。

最後に

私は話すのは得意だと思っていたので、どんな場所でも話のベースはふわっと決めながらも全てアドリブを押し通してきた。しかしすでに限界をとっくに越え、ある程度経験のある人間には全てを見透かされていたのだ。
心を入れ替え、徹底的にスクリプトを作り込もうではないか。
しかし、自分で考えていても顧客相手に自分の話ばかりするオ◯ニーやろうになってしまうので、定期的に彼とZOOMしてフィードバックをもらおう。そのように関係性を保っておくことも、彼がJOINするまでに互いのモチベーションを高く維持し続けるための要素になると思う。

私は、自分の好きなことを表現し突き詰めればどうにかなるものだと考えていた。ただそれは趣味の話である。ビジネスになった瞬間お金が発生し、どのように受け取ってもらうかを勘がる必要があり、時に自分の表現を全て表に出せないこともある。また、成功するかしないかわからない博打みたいなことにコストかける人はいないわけで、そこには成功に導くことのできる信頼を築かないといけない。当たり前のことなのだが私にとっては当たり前ではなかったのだ。

このnoteにしてもそうだ。

書くことを目的にしていた書き始めと、今の状況は異なる。
もう書くことは目的ではなく手段に変えないといけない。
私がnoteを始めた理由は、”世界にチャレンジするための旅費をどうnoteを使って調達するか”だったはずだ。

毎日書くことだけに満足するフェーズはとっくに過ぎている、note執筆にかかる時間も大体2時間程度と平均化してきた。当初の目的を達成するためのコンテンツ作りをもう一度真剣に取り組む。

今回の2年ぶりの再会は勉強させてもらうことばかりであった。
私は井の中の蛙だった。
自分が無知であることを心から認めなければ次の成長はないだろう。


書くことに満足しない。結果を出して初めてその過程が成功確度の方法だと認められ、横展開することができ、汎用性のある理論になってくる。まだまだ本当の成果をあげられていない私は、一つの大きな成功体験を作り上げることが急務である。



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