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ビビりのママ33歳が、"原付き"に乗ろうと決めた理由。

もよ

新しい職場は、どの駅からもわりと離れていて、少し不便な場所にある。けっきょく自宅から自転車で25分かけて通うことにした。

自転車をこぐのはすごく好きだけれど、真夏の日差しの中での25分はなかなかキツイ。激しい雨の中の25分もなかなかキツかった。さすがにカッパも25分の水分量には耐えられなかったようで、普通に服がぬれた。


「うめかわさん、自転車で通勤ですか?なかなかがんばりますねー!うちの店舗の人たちは、みんな車か原付きで通勤してますよ。」


社員さんのその言葉をきいたあと、「原付き」という言葉だけが私の頭の中にキラキラと残っていた。


「私、原付きに乗りたい。原付きで通勤してみたい!」

急にそんな気持ちが湧いてきて、心が踊り出すのを感じた。



同時に、「危ないからやめときな!」という気持ちが湧いてきた。

「みんな1度はケガしてるよ。あんな無防備な格好で、あんなスピードを出して、事故しないほうがおかしいくらいだよね。バイクだけはやめときな。」

母や祖母がよく言っていた。当時は「みんな普通に乗っているのに、過保護だなぁ。」と思っていたけれど、自分も母になった今、この言葉にギュッとつめこまれているものがよくわかる。


わが子を失うのが怖いのだ。

だから、わが子の命を奪う可能性が1%でも上がるであろうものは、わが子から遠ざけたくなる。

私も息子に「バイクなんて、ぜんぜん危なくないよ!安全安全!乗りたかったら乗りな〜♪」なんて、きっと気楽に言えないと思う。「ヘルメットかぶりなよ!スピード出しすぎないようにね!よそ見したらダメだよ!交差点は要注意だよ!」なんて口うるさく言ってしまいそうだ。


でも私の心は、すでに踊り出してしまっていた。

昔から自転車に乗るのが好きだった。顔にあたる風が気持ちいいし、その風を感じながら「このままペダルをこぎ続けたらどこまで行けるかな?すごく遠くまで行けるような気がする!」と想像するときの、あの世界が広がる感じが心地いい。

そして、大学生のときに付き合っていた人がバイクに乗っていて、バイクの後ろに乗せてもらうのがすごく好きだった。風の音でお互いの声が聞こえづらいのに、叫ぶように会話をして。世界が、風と自分たちだけになったみたいなあの感じ。そしてバイクを降りたとき、世界がゆっくりまったりしているように感じるあの感じ。


私はきっと、風を感じるのが好きなんだと思う。日常の中でも風を感じられる瞬間はたくさんあるけれど、あの"激しく風を切る"独特の気持ちよさは、乗り物の力を借りないと感じられないものだ。



原付きに乗りたいな。乗りたいな。


私の頭の中は、"原付き"のことでいっぱいになってしまった。





その日の夜、お風呂からあがって夜ごはんを作ろうとキッチンに向かうと、息子が言った。

「母ちゃん、ぼく手伝うよ!」

内心「めんどくさいな〜。一人でやったほうが早いんだけどな〜。」と思いつつも、手伝ってもらうことにした。


いつも通り、包丁をもつ息子の手を支えて、トマトを一緒に切ろうとした。(息子は包丁をにぎっているだけで、ほとんど私が切っているような感じ。)

すると息子が言った。

「母ちゃん、ぼく今日は一人でできそう!」


その言葉にドキッとした。

どうなんだろう?できるんだろうか?さすがに1人で大人の包丁を使うのはまだ危ないんじゃないだろうか?でも息子は慎重だし、そこまで乱暴なことはしない。試しに1度やらせてみてもいいかもしれない。危なそうだったらすぐにストップしたらいい。


「母ちゃん見とくから、やってみな。ゆっくりね。指を包丁で切ったら、めっちゃ血がでるで!気をつけてよ。そーっとね。」

目玉が飛び出そうなくらいに目を見開いて、息子の手と包丁とトマトを凝視しながら、ウザいくらいに口を挟む私。


そんな私の横で、真剣な顔でトマトを切りはじめる息子。めちゃくちゃ慎重に、めちゃくちゃ丁寧に、トマトにメスを入れていく。



き・・・切れてる!
じょ・・・上手じゃないか!




「めちゃくちゃ上手やんか!!!」

私がそう言うと、息子は満面の笑みでエヘヘと笑った。そしてそのあと、ノリノリでキャベツも切ってくれた。




包丁で野菜を切っているときの、真剣な顔。
息子の周りの空気が濃ゆくなっていくあの感じ。そして、切り終わったあとのあの笑顔。

それらを見届けながら、私は途中から違うことを考えてしまっていた。

「私もやっぱり原付きに乗りたい!」

なぜかそんな気持ちがブワッと舞い戻ってきていたのだ。


「危ない!」の先にある「できた!」「うれしい!」「楽しい!」を今この瞬間、息子を通して感じてしまったからかもしれない。


包丁が危ないものだということに間違いはないけれど、だからって包丁を一生使わないなんてことはないでしょう?危ないということをしっかり胸に刻んで、気をつけて使えば大丈夫。


当たり前のことだけれど、そんなことを思った。そして包丁に限らず、この世には使い方次第で命を奪ってしまう可能性のあるものがたくさんある。でもそのすべてを、自分や大切な人から遠ざけようとしてしまったら、その先にある素敵な経験も同時に遠ざけてしまうことになる。



自分で料理をする楽しさ。
自分は料理ができるんだという自信。
その料理を「おいしかった!ありがとう!」と言ってもらえたときの満足感。

原付きに乗って風を感じる楽しさ。
自分にも乗れた!という自信。
今まで行けなかったようなところに、自分の運転でたどり着いたときの満足感。



息子が1人でトマトを切りたい気持ちと、
私が原付きに乗りたい気持ちが、
妙に重なって、私は原付きに乗ってみようと心に決めた。


息子は1人でトマトを切ってもいいかと私に許可を求めたけれど、私はもうお母さんに許可を求める必要なんてない。新しい家族と過ごし、働き、自立している33歳なのだ。

自分がやりたいと思ったら、やればいい。


なんだか強気にそう思った。目立った反抗期のなかった私の、おそいおそい反抗期なのかもしれない。




次の日の仕事の帰り道、ふと目に入ったバイク屋さんに立ち寄ると、ホンダのクレアスクーピーと目が合った。



人と人とが出会うように、人と乗り物だって出会うのかもしれないなと思った。




「その子が気になります?」

バイク屋のおじちゃんがニコニコしながらそう話しかけてくれた。バイクのことを「その子」というおじちゃんの感覚も素敵だな、と思った。


「原付き、乗ったことないんです。ペーパードライバーだし。乗れますかねぇ、私。」


「まぁ、どんな人もはじめは初心者だからね。納車の日、1時間くらい教えてあげるよ。みんな怖い怖いって言いながらも、ちゃんと乗って帰っていくから大丈夫。」


そうか。どんな人もはじめは初心者なんだよね。そして、みんな怖いんだよね。それなら初心者らしく、怖い怖いと思いながら乗ってみたらいいじゃないか。

おじちゃんの言葉がストンと腹に落ちた。



それでもその場でその子を買う勇気は出なくて、「少し考えます。」とおじちゃんに伝えて帰った。



それから3日間をかけて、じわじわ覚悟を決めていって、原付きを買うと決めた。

仕事が休みの日に、朝からいろんなバイク屋さんを見に行ったけれど、あのクレアスクーピー以上にピンッとくる子はいなかった。



私は"あの子"を買うことに決めて、

あの子とあの優しいおじちゃんのいるバイク屋さんに向かって、自転車をこいだ。

風が気持ちいい。

あの子と一緒に感じる風は、この風とはまたちがった良さがあるんだろうなと想像しながら走るバイク屋さんへの道のりは、なんとも言えない高揚感と幸福感に包まれていた。


それなのに、バイク屋さんにもうすぐ着く、という場所で、自転車をこぐ足がピタリと止まってしまった。歩道の脇に自転車をよせて深呼吸してみたけれど、胸がドキドキしてうまく吸えない。


怖い。


原付きを買うと決めたはずなのに、もうバイク屋さんがそこに見えているのに、今さらそんな気持ちが湧いてきたことに正直びっくりした。


新しいことは怖い。
今はまだできないことに挑戦するのは怖い。

その先に
どんなに素敵なことが待っていたとしても、

今のままが1番ラク。
今のままが1番安全。

自転車でだって十分通勤できるんでしょ?

やっぱり原付きを買うのはあきらめてしまおうか。


そんな気持ちまで湧いてきてしまったのだ。



すると、急にひらひらとアゲハチョウが飛んできて、私の右胸にピタッととまった。

チョウチョが体にとまってくれるなんて人生ではじめてのことだったから、びっくりして思わず息を止めた。息が苦しくなって息を吸うと、チョウチョはまたひらひらと私の右胸から飛び立っていった。

一瞬の出来事だったけれど、妙に感動した。気のせいかもしれないけれど、右胸がほんわか温かい気がする。

そのおかげで、なんだかちょっとだけ怖さがゆるんで、自転車を押しながら自分の足でトコトコ歩いて、バイク屋さんの前に自転車を止めた。




「あ!この間の!」

おじちゃんは私のことを覚えてくれていて、すぐに声をかけてくれた。




「買おうと思います。」

まだ今なら引き返せるよ!と心の中で震えている小さな小さな自分をなんとかなだめながら、そう伝えた。



契約の書類を書いたりしながらも心の中で、「まだ引返せる!まだ引返せるよ!」と呪文のように繰り返す私はなんて臆病なんだろう。いい加減、腹を決めたらどうなのか。



「じゃあ、今日は手付金の1万円を払ってもらって、納品のときに残りを払ってもらう感じで。」

おじちゃんの言葉にハッと我に返った。お財布の中を確認してみると、2千円しか入っていなかった。


「すいません。コンビニでお金おろしてきてもいいですか?」


「うーん・・・手付金はいいや!その2千円だけもらっておいてもいい?あなたはきっと大丈夫でしょう。」





"あなたはきっと大丈夫でしょう。"





その言葉が耳の奥に温かく響いたのと同時に、

「あ。もう引き返せないな。こんなに根拠なく信じてくれているおじちゃんに、やっぱり買うのやめますなんてもう言えないし、なにより私の原付きに乗りたいという気持ちに偽りはないし、もう本当の本当に腹をくくろう。」


チョウチョに励まされて、私を信じてくれているおじちゃんの温かい言葉に背中を押されて、やっと心の底から原付きに乗ろうと決めることができた。




そんなようなことがあった先週の1週間。
今週中には納品予定だ。


原付きを買って、もうどんなに怖くても引き返さないと決めてから、「怖い」という気持ちと同じくらい「ワクワクする気持ち」が湧き上がってきている。


もしかしたら、「怖いという気持ち」と「ワクワクする気持ち」はいつもワンセットなのかもしれない。


だから、「怖い」という気持ちを持ったままでやりたいことをやってみればいいんだ。


私は「怖い=やらない」という方程式をよく使うビビリな女だけれど、「怖い=やってみる」という方程式を今回は使ってみることにした。



早くて今週、おそくて来週には、人生ではじめて原付きにまたがる日がやってくる。


使い慣れない方程式を使ってみた私はその日、何を感じるだろう?


きっと怖い怖いと感じながらも、ビクビクしながらも、原付きにまたがって運転するのだろう。

そしてなんとか家まで運転して、ホッと一息ついて。


「怖かったけど、なんとか乗れた!」


疲れと達成感のまじった気持ちの中で、ゆっくりとコーヒーを飲むのだろう。


その一連の流れは、なんて豊かなんだろう。

その感情たちのコントラストは、なんておもしろいんだろう。



これからもっと豊かでおもしろい人生を送っていきたい臆病でビビリな33歳の私にとって、「怖い=やってみる」という方程式は必須のような気がしているから。


手始めに、「原付きに乗る」という挑戦をしてみたというわけなのだ。


さて。どうなることやら。




さいごに\(^o^)/

こんな長い文章を、最後まで読んでいただいてありがとうございます(笑)無事原付きに乗れたら、またそれについて書きたいなと思っています。・・・うわ〜!!初乗りドキドキする!!!

1年後、自分でこの記事を読み直して。「原付きに乗るのがそんなに怖かったの?信じられない!」なんて言いながら、ビビリで臆病な自分をクスッと笑えたらいいな。

そして、1年後には1年後の「怖いけどやりたいこと」があると思うから。

その「怖いけどやりたいこと」をエイッ!とやってみる勇気を、この自分で書いた記事からもらえそうな気がしています。

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もよ

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