ひとりっ子の夏休み、どう過ごす?
夏休みがはじまって。
小学校1年生の息子と、べったりと過ごしている。まるで幼稚園に入る前の生活に戻ったみたいだ。
ふと幼稚園に入る前の生活を思い出してみる。
オムツだったよなぁ。
ごはんを全然食べてくれなかったよなぁ。
買い物に行くのも一苦労だったよなぁ。
外食なんて絶対したくなかったよなぁ。
母ちゃん、母ちゃんって毎日数えきれないくらい呼ばれて、なんだか抱っこばかりしていたなぁ。
うん。今はそうじゃない。
トイレでおしっこをするし、ごはんも好き嫌いは多いけれどだいぶ食べられるようになったし、買い物も外食もわりとスムーズに行ける。そういえば、抱っこもほとんどしなくなった。
あれから4年、息子はすごくすごく成長したのだ。気づかないくらいにゆっくりゆっくり、私から離れていっている。毎日いっしょにいると気づかないけれど、4年前と比べるとよくわかる。
あの頃、私と息子の距離は0センチだった。今は10センチくらいだろうか。この数字は適当だ。なんとなく、だ。
「母ちゃん、みて。あのね・・・」
今でも1日に数え切れないくらい、そのフレーズが耳に飛んでくる。
それでもやっぱり私の負担は確実に減っている。それはやっぱり0センチと10センチの違いなんだろうと思う。5センチって短いけれど、0センチとはちがう。0センチって、まだへその緒でつながれているレベルの距離感だったんだと思う。実際にいつも肌と肌をぴったりとくっつけていた。10センチになれば、へその緒はちゃんとプッツリ確実に切れているし、「自分」と「息子」をちゃんと分けられるようになった。境界線がクッキリすると、体的にも心的にも楽になる。
0センチのときは0センチのしんどさがある。そしてやはり、10センチのときには10センチのしんどさがあったりする。
最近は、息子が社交的すぎることがしんどかった。毎日1回はどこかしら外に出るようにしているのだけれど、息子が知らない人にめちゃくちゃ話しかけるのだ。
急に知らない子供から話しかけられた反応は、いろいろだ。ほとんどの人は、笑顔で返事をしてくれる。でも、あきらかに迷惑そうな顔をする人や、ほとんど無視に近い反応をする人もいたりする。ビビリな私は、息子が誰かに話しかけるたびに、ちょっぴりヒヤヒヤドキドキしながら見守っていた。
「知らない人から、急に話しかけられたらびっくりするんじゃない?」と1度息子に聞いてみたけれど、「そうかなぁ?ぼくはうれしいけどなぁ。」と返事が返ってきたので、それ以上私に言えることはない。
「知らない人に話しかけたらダメだよ」というのは、私は言いたくない。ただ私が大人しい性格で、知らない人に話しかけるのが苦手なだけなのだ。どこでも誰とでも楽しく会話をして、仲良くなれる人だっていて、それは「特技」でしかない。息子がもしもそんな特技の原石を磨いている途中ならば、私はそれを邪魔してはいけない。
でももしかしたら夏休みがはじまって、私以外の「人」に飢えているからかもしれないよね、と思い始めてしまって、ションボリとした気持ちになってしまった。
もう0センチの頃とはちがうのだ。「母ちゃんひとすじ」から「いろんな人と関わりたい」という気持ちが大きくなってきている。
近所の子は、ほとんど学童に行っている。
学校の子は、みんなバラバラのところに住んでいて、たまに約束して遊ぶ程度。
習い事は、最近プッシュしているのだけれど、行きたがらない。
うーん、どうしたものかなぁと考えていた。もっと同じ年頃の友達と関われる夏休みにしてあげたいなぁと思った。
そんなある日。
息子と昆虫館に行った。その昆虫館には、チョウチョが大量に放し飼いにしてあるところがあって、手や服にチョウチョがとまってくれたりする。息子はその場所を気に入って、長い時間そこで過ごした。
来る人来る人に話しかける息子。私はその日も、ヒヤヒヤドキドキしていた。
友達同士や、家族で来ている人たちは、別に話し相手を求めていない。息子が話しかけると、やんわりその場を離れたり、やさしく言葉を返してはくれても、ノリノリで話してくれる人はいなかった。
そんな中、どこの国の人かはわからなかったけれど、1人でチョウチョをじっくりと見て回っている女の人がいた。
目がグリッと大きくて、すごくキレイな人だった。腕と足に、小さくて綺麗な模様の入れ墨がたくさん入っているのを見て、なぜか「すてきだなぁ。かっこいいなぁ。」と思った。ふだんの私なら入れ墨を見て、「やんちゃだなぁ。ロックだなぁ。」としか思わないから不思議だ。
一匹一匹のチョウチョに近づいて、じーっと見つめている瞳が印象的で、私はほんの少し離れたところから彼女に見惚れてしまっていた。一匹一匹のチョウチョを見るたびに、口もとがゆるんでホッペタがあがるのも、いいなと思った。ここまで真剣に、そしてここまで楽しそうにチョウチョを見ているお客さんもきっとめずらしいにちがいない。
「チョウチョ、かわいいよね!」
私の目に映る景色に、息子がスーッと現れて、ハッとした。やはり話しかけたか、と一瞬ドキドキする。
「カワイイ。トッテモキレイ!ここタノシイネ!」
息子に話しかけられて振り向いた瞬間、彼女はまるでお花が咲くみたいにニカッと笑って、ちょっぴりカタコトの日本語で、息子にそう言った。
その笑顔に息子もうれしくなっちゃったんだろう。ほんの少し離れて見ていた私でさえも、うれしくなってしまう笑顔だったんだから、仕方がない。
それから息子と彼女は、なにやら楽しそうにチョウチョを一緒に見ていた。私は少しだけ距離をとって見守っていたのだけれど、息子も彼女もその場所をなかなか去ろうとしない。息子が彼女に話しかけてから20分ほどは経ったであろう頃、さすがに私は彼女に話しかけた。息子が懐きすぎて、彼女は次の場所に行けないのかもしれないと思った。
「なんかすみません。お時間だいじょうぶですか?」
私がオドオドとそう話しかけると、彼女は思いっきり不思議そうな顔をした。
「なんでアヤマルノ?ワタシ、とてもウレシイ。カレ、すごくヤサシイ。」
そう言うと、またニカッとお花が咲いた。気を使って言っている言葉じゃなくて、心からの言葉だとすぐにわかった。心と表情がここまでクッキリハッキリとつながっている人に、私は久しぶりに会ったかもしれない。なんて気持ちがいい人なんだろう。6才の息子を「カレ」と呼ぶ、その響きも温かかった。
「ありがとうございます。」
私も彼女にそう言いながら、ニカッと笑ってみた。彼女のお花よりは、ちょっぴり小さなお花だったかもしれないけれど。できるだけ大きなお花を咲かせようとしちゃって、ちょっとだけホッペタが引きつった。最近もしかしたら顔の運動不足だったんじゃないかな、と思うくらいに。
それからは、3人でチョウチョを見ながら遊んだ。なかなかいい写真が撮れなくて、何度もシャッターをきって見せ合った。チョウチョが帽子や服にとまったら、息をひそめて写真を撮った。人差し指をかざして、チョウチョよとまれ〜とまれ〜と呪文のように歌う息子を見て、一緒にアハハと笑った。ベンチに座って、おしゃべりした。
どのくらい一緒にいただろう。
「ソロソロイクネ。カレシにミセタイから、いっしょにシャシンとろう。」
彼女は写真を撮るときも、やっぱりニカッとお花を咲かせ、息子はその隣でちょっぴりすまし顔。あの笑顔をスマホの中にしまっておける。それだけで、パワーをもらえそうだ。
「ワタシ、アリエル。」
「わー!人魚といっしょの名前やん。ぼくは、りんりん。」
「リンリン!?カワイイなまえダネ〜!!!リンリン、マタネ。」
「またね、アリエル。」
息子と彼女は、最後に自己紹介をしてバイバイしていた。別れ際に自己紹介。マタネ、とまたね、が耳を温めた。アリエルはイスラエルから旅行に来たらしいから、きっともう会うことはないだろうけれど。素敵な一期一会だった。
知らない人に話しかけるのも、悪くないものだなぁ。
基本的に内向き気味の"私の心の矢印"が、クルッと外に向くのを感じた。
もちろんいろんな反応の人がいるし、迷惑だなぁとか馴れ馴れしいなぁと思う人たちも一定数はいるとは思うけれど。
アリエルみたいな人もいる。息子が話しかけなかったら、今日みたいな素敵な時間を過ごせなかった。悲しい反応をされる数パーセントを恐れて、誰にも話しかけなかったら。はじめましての人と交わって、楽しい時間を過ごせる可能性だって、0%になってしまうんだよなぁと思った。
それ以来、私は息子が誰かに話しかけても、大丈夫になっていった。
もちろんヒヤヒヤドキドキするときもあるけれど、アリエルの顔が頭の中にポンッと浮かんで、ニカッとお花を咲かせてくれる。すると、ヒヤヒヤドキドキがスーッと消えていく。
1人でイスラエルから日本に遊びにきたアリエル。きっといろんなところを旅して、一瞬一瞬を丁寧に味わって楽しんでいるんだろう。そして、その場所その場所で誰かと交わって、ニカッとお花をプレゼントしているんだろう。
一人旅と、一人っ子。
アリエルと息子が、ほんの少しだけ重なった。
息子の今年の夏休みはきっと、私と2人で過ごす日も多くなるだろう。
でも、1日1回は外に出ようと思う。負担の少ない範囲で、いろんな場所に行こうと思う。暑いけど。暑いけど。
そしてその場所その場所で、だれかと交わって。その瞬間瞬間を楽しめたらいいなと思った。
そしてその時に、ニカッとできるだけ大きなお花のプレゼントもできるように、ホッペタの筋トレも日々欠かさずに。いっぱい笑ってすごせたらなと思う。
息子とべったりの夏休みなんて、きっとあと数年しかない。息子の社交性を見習って、今年の夏は私もほんの少し、心の矢印を外に向けてみるとしよう。
一人っ子でつまらないかな?ごめんね。
同じ年頃の友達と遊ばせてあげなくちゃ。
息子にそう言われたわけでもないのに、ほとんど無意識に湧いてきていたそんな気持ちが、フワッとほどけていった。
アリエルにありがとうの気持ちを込めて。
最後まで読んでいただいてありがとうございます(^^)
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