イノセントワールド
猛暑日が続く8月。35歳の誕生日の午後だった。
冷房が効き過ぎの車輌が嫌で、いくつか手前の駅で降りて歩くことにした。
照り返しのきついアスファルト。
一級河川に架かる橋の国道沿いの歩道は、陽炎の先まで人影もない。
河川敷の野球少年たちのきびきびした動きを眺めた。
この道を行けば、何も考えなくても地図を見なくても自宅に近づく。
日航機墜落のニュース映像。奇跡的に生き残った中学生の女の子が救助のヘリコプターに釣り上げられ、山は燃えていた。
キャンパスの陸上トラックの中で仰向けに倒れた自分。黄色い太陽とクローバー混じりの雑草、草いきれ。
抱き上げた幼子の汗とミルクの入り混じった匂い。
元の同僚たちと楽しく会えなくなり、家族との時間に仕事のことを考える時間が増えた。
誰のせいにもできない今のほうが気に入っている。
汗は流れるだけ。
交差点を左に通り過ぎた路線バスを追いかけたくなって、次のバス停でつかまえた。
他に乗客のないバスは、飛び跳ねるように住宅地を走った。
汗が一気に冷えて、なぜか笑いたくなった。
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