馬鹿ほど声がでかい。

■空き樽は音が高い
と似たようなことかもしれない。

勿論物理的な声の大きさではなく、
何も考えていない人ほど積極的に発言するということを言いたい。

世の中の物事はそこまで単純じゃなく、
やりたいからやる、やりたくないからやらない、それだけで物事は動いていない。

やりたくても法律なりなんなりの制約があってできないこともある。

また事象Aに対する対処Bだけをすればいいように見えて、実は裏で対処Cも必要だったり、Bの副作用Dをどうするか、なんてことを考える必要があったりする。

ある程度物事を考えられる人や、社会というものを経験したことのある人からしたら、そんなことは当たり前だ。
またそう言った複雑さがあると知っているからこそ、容易な発言や行動をしない。

私は頭がいいわけではないので、
物事の裏にあるものをすぐに推測できない。
ただ、物事には裏があるということを知っているので発言の前には少し気をつけている。

逆に物事の表面しか見ない人(もっと言えば表面しか見れない人、裏にあることを推測できない人)は声高らかに叫ぶ。
もしかしたら表面だけみた発言をしていたほうが有利な人もいるかもしれないが。

■声が大きいやつほど目立つし信用される

厄介なことに、昨今SNSの影響もあり、
声が大きく、強い言葉を使う人が支持されやすいと感じる。

流行語大賞になった「日本死ね」が最たるものだし、他にもTwitterなんかでバズったものを見ると少し口調が強い(問題提起系のツイートに限る。ペット系はこわいいし、料理系はおいしそうだ。)。

人に訴えかけるには強い口調のほうが心に響くのだろう。
ただ強い口調になるということは、
なにかを言い切ったり、自分が正しいと思っているということだ。

それはつまり様々な可能性を考慮出来ていないということにつながる。
なぜなら可能性を考慮すれば、自分の知らない事柄が裏にあり、自分の主張を完全に論破するかもしれないからだ。
可能性を考慮したら、言い切るなんてことはできない。

個人的な意見だが、何かに対して言い切る人は信用しないほうがいい。
少なくとも信用する前に理由を聞き判断すべきだ。

まあ一番言いたいことは、
何でもかんでも否定してるやつは、なんでそういう結論に至ったのか、背景や経緯をちゃんと調べてから発言しろ!
ということだ。

世の中馬鹿は意外と少ないが、声が大きいから多いように見えてしまう。

サイレントマジョリティー、ノイジーマイノリティだ。

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