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酔狂日記

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自動書記的な掌編集。
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Medium

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第四区画のビル群の隙間に存在した、偶々出来てしまったかのような空間で境井は横たわっていた。

ヒューヒューと鼻腔を抜ける呼気の音が主張している。

境井は俺が与えた電子媒体──JDAをエミュレートして脳内で再現する類の──を端子に繋いだ直後、肢体を痙攣させて倒れた。

何故だ。JDAなど無害な旧世代の媒体に過ぎないはずなのに……。

今まで何度となくこの電子媒体を味わってきた。プラグを介することで

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Yellow Mellow Magic

Yellow Mellow Magic

高速道路を走らせる車の中で歌ってた

大声で吐き散らすラップは、まるで鎮魂歌だった

クラッシュしても構わないと、アクセルを踏み込めばハンドルを握る手は汗ばんだ

まるで往年の総合格闘家

ピッタリケツに張り付くバカ野郎、モーテルの看板を横目にスピードはピーク、さっき抱いたばかりの女郎の匂いを置いていく

「『十分』と『充分』の違いは分かるか? 分かんねェのか? 知らねェなら、勉強が必要だ」

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*arionette

*arionette

金縛りのように少女のダンスが目に焼き付いた。

タネダは楽器を弾かない。弾かずに弾いているように見せ掛ける事にかけては、習熟の度合いを日増しに増している。

今池の夜に、まだ平日だというのに、ヤスオは錠剤など齧っていた。

「おい、ヤスオ君はよォ、そういうのもうやめんじゃねェのかよ。ポリポリリーマンが食ってるヤツじゃねェんだからよ」

「何だよ、それ、コーラと混ぜたらシュワッてなるヤツかよ」

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I.P.A.

I.P.A.

スマートフォンから流れている鳥の鳴き声は地下で聴くのにも関わらず本当の鳥が鳴いているかのような錯覚をもたらした。

ヤスオは噛み砕いた錠剤の安寧の中にあって、光る画面をタップする。

酔い潰れたヨウジの嗚咽、ぬるくなってしまったハイネケンをヤスオは飲み下す。

どうしてクラブに売っているビールはハイネケンと決まっているのだろうか。

先週、クラフトビール専門店で飲んだIPAは西海岸から輸入したと店

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AVENGER

AVENGER

やべェ、ひどい寝坊をしてしまった。

赤青白のストライプの歯磨き粉が宙を飛ぶ。焦るあまりにチューブを力一杯握り締めてしまった。

片手に歯磨き粉、もう一方の手に髭剃り。乱雑に滑らせた髭剃りの刃が頬の肉を削いで、鏡の前の顔は血だらけ。

髭剃りを放り、咄嗟に歯ブラシに持ち替え、宙を舞う赤青白のストライプの歯磨き粉を素早くキャッチする。まるでプロボクサーのジャブみたいに的確。

安堵した瞬間、頭上の棚

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GO

GO

「あんたんとこのさァ、家の角のトタン屋根のとこあるじゃない。あそこにおっきな蜂の巣ができとるよ。今度会った時に教えようと思ってな」

同じ町内に住むおじさんにそう言われ、次の日の朝に自宅の裏に回って見てみると、確かに人間の脳味噌ぐらいの大きさの蜂の巣がぶら下がっていた。

近寄ってみると、蜂の巣にはスズメバチほどではないものの、大ぶりな蜂がビッシリとたかっており、寒くなってきたからかいずれも微動だ

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温泉ハウス

温泉ハウス

町の集会場の向かいにあるアパートの窓から、大きな音量でボン・ジョヴィの音楽が聴こえてきた。

古いアパートはアジアからの若い出稼ぎ労働者の巣窟になっているらしく、外から見える部屋の扉一面に黒いペンキで外国語のメッセージが書き殴られていた。

開け放たれた窓に張り付いた網戸は派手に破れており、子どもの頃に家族で旅行した、シンガポールの夜市で見たようなTシャツが枠にかけて干されている。

3ヶ月前に引

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Infinite reproduction

Infinite reproduction

受話器を放り投げた途端に変容。赤い受話器は放物線を描いて落ちていく、捻るような力で回転するため、背面がのぞく、プラスチックの表面に朝日が反射して光ってみえる、コードがらせん状に動いているのが意識される。

配管勤務に日々の明け暮れ、自分が或る通過儀礼をクリアしてないんじゃないか、と思って、思い返してみたりする。

概念的に三人いる自分が悪意を持った存在に接触、しないように、暫定的に制限された行動の

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God knows...

God knows...

もう3時間近く、恋人のクルミに付き従って郊外にあるアウトレットモールでさまよっている。

片っ端からアパレル店に立ち寄っては、多種多様な衣服を試着するクルミに付き合うのにも、そろそろ疲れてきていた。

恋人のクルミは幼い顔立ちをしていたが、均整のとれた体型と化粧によって、大人びた着こなしもよく似合った。僕自身は女性のファッションにはさほど関心がないので、本人が気に入りさえすればそれでいいと思うのだ

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motorhead

motorhead

クソが、こんなとこケッタで走んじゃねェよ、愚民はよォ、賤民はよォ、選ばれし民である崇高な、下校時にMTB漕いでヘッドフォンからはもちろんガッツンガッツン、グリングリンの“ヒッピー殺し”だぜ。

いつも、ほぼ毎日、いや、二日か三日おきに訪れるゲームセンターで近頃もっぱらプレイしているのはお決まりのお定まりの格ゲーなんだが、今日はどこぞのズベ公が、淫売が、まるでインダストリアル・ノイズじゃねェんだから

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LuLu

LuLu

暗欝な気持ちが、晴れた午後だというのに、室内にこもって部屋のカーテンを閉じ、猫をたまに撫でたり、愛でたりして、シーツやソファの上を忙しなく行き来するルルの尻尾が揺れているのをゆっくりとコーヒーカップを傾けながら、苦い液体を喉頭、“こうとう”とタイピングして変換して、google検索して、文字と煙の行ったり来たりを、在り来たりの産物の、機械の感覚の無痛状態を満喫していた。

Lou Reed & M

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Physical

Physical

「やっぱりドラッグとかはヤバイよ、ビートニクはもう捨てなさいよ、ビートたけしまででいいよ、ビートニクは」弟はそうつぶやきながら殴打。私は腫れ上がった左目を抑えつつ徘徊先を探して徒歩にて栄まで向かった。

霊感の閃きによって、背後霊を「楢山節考」よろしく背負い、あらかじめ地中深く埋められた一つの瓶の液体から生まれたドブ川の源流へと遡り、辿り着いたのは住宅街の中でひっそりと営業している喫茶店だった。先

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