*arionette
金縛りのように少女のダンスが目に焼き付いた。
タネダは楽器を弾かない。弾かずに弾いているように見せ掛ける事にかけては、習熟の度合いを日増しに増している。
今池の夜に、まだ平日だというのに、ヤスオは錠剤など齧っていた。
「おい、ヤスオ君はよォ、そういうのもうやめんじゃねェのかよ。ポリポリリーマンが食ってるヤツじゃねェんだからよ」
「何だよ、それ、コーラと混ぜたらシュワッてなるヤツかよ」
「違うよ。飲むと痩せるみたいなヤツ」
ヤスオが齧っていたのはカフェインの錠剤でしかなかったが、窘めたタネダは便所の個室で吸引したマリファナの効果ですっかり朦朧としていた。
今池三丁目のライブハウスで、スピーカーの前で踊っている少女を見ていた。何組かのクズバンドが集まってどうにか開く、数少ない身内の客を刮いだ、ジャムの瓶のフタに付着したジャムを刮いで作った瓶詰めのジャムのフタに付着したジャムを刮いで作ったジャムのようなイベントで。
「ナクションとか聴く? 新譜聴いたァ?」
タネダはサカナクションというバンドのことを「ナクション」と呼んでいた。なるべく人前で好きなバンドの名前は口にしたくないというポリシーからと以前話していたのを覚えている。
「聴かないよ」
少女の踊りはヤスオの目を奪った。ハイネケンを三缶飲んだだけだったが、ヤスオには少女は巨大なアゲハ蝶と混合した生物のように見えた。まるでマンガの『ホムンクルス』にそれは例えられた。
「ヤスオさ、さっきライブハウスん中でずっと一人の女の子見てただろ」
「ああ」
「今日日見ねェぐらいカワイイ娘だったもんな」
「悪いかよ」
「悪くねェけど」
「何でそんなこと言うんだよ」
「別に何でもねェよ」
少女の装着した付け睫毛に重ねられた黒いマスカラは鱗粉のようで、ヤスオのその夜の記憶としては強く印象付けられた。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?