DSCF7838_2_のコピー

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「あんたんとこのさァ、家の角のトタン屋根のとこあるじゃない。あそこにおっきな蜂の巣ができとるよ。今度会った時に教えようと思ってな」

同じ町内に住むおじさんにそう言われ、次の日の朝に自宅の裏に回って見てみると、確かに人間の脳味噌ぐらいの大きさの蜂の巣がぶら下がっていた。

近寄ってみると、蜂の巣にはスズメバチほどではないものの、大ぶりな蜂がビッシリとたかっており、寒くなってきたからかいずれも微動だにせずにいる。

おじさんは、「強力な殺虫剤で皆殺しにするんだなァ。それも夜にさ、夜にやるんやで。昼にやると狙われるで。それか、どこかにいなくなっちまうまで待つかだな。11月にはよ、いなくなるからよ」とも言っていた。

ジッと巣にしがみついている蜂たちが、勝手に去ってしまうまで待とうと私は決めた。10月の半ば、これからさらに寒くなっていくのだから、蜂ももう活動を止めているのだろう。おじさんの言うように、蜂たちが別の場所に移ってから、そっと巣を取り除けばいい。

蜂の巣を確認できたので家の中に戻ろうと玄関の方まで向かう。その時にふと隣家の畑に何かが落ちているのを見かけた。

何か動物の頭、それも死んだ動物の。

畑に落ちているものは切断された犬の頭部のように見えたが、そんなものが畑に落ちているのはおかしい。恐らく見間違いだろうと思い、気に留めないようにして家の中に戻った。


その日の夜、外にコーヒーを飲みに行こうと思い、自宅から一番近くにあるスターバックスコーヒーに向かうことにした。一番近いスターバックスと言っても、車で30分近く走った先の山の麓のような場所にあり、都会にある店とはまた趣きが随分異なる。

薄暗くなった道を飛ばしている時に人を轢きそうになった。

サンバイザーを被り、リュックサックを背負った若者が、赤信号にも関わらず横断歩道に飛び出してきたのだ。

スマートフォンを片手に歩きながら、画面を注視していた。

危ないところだったが、大きくハンドルを切って避けることができた。若者は自分の不注意から轢かれそうになったことなど理解していないのか、忌ま忌ましそうな目つきでこちらを睨んだ。

いかにも郊外といった、広大な敷地のショッピングモールの駐車場と隣接してスターバックスコーヒーが建っている。この頃は夜に肌寒さを感じるようになってきたが、屋外に並べられたテーブルは暇を持て余した若者たちで埋まっていた。

若者たちは皆一様に会話もせずに、スマートフォンの画面に目を落としている。

どこまでも広がる夜空となだらかな山並みを背景に、例外なくスマートフォンを手にした若者たちの様からは、この場所と不釣り合いな異様な感じを受けた。

彼らを横目に店内に入ると、やはり高校生や大学生といった年頃の若者たちが、皆スマートフォンの操作に集中している。

レジに立つ店員の前に行くと、普段ならすぐに向こうから声を掛けらるはずが、何故かその店員は黙したまま私の目をまっすぐに覗き込んでいる。

「注文してもいいですか?」

声をかけてはみたものの、それでも若い男の店員は黙ったままだ。表情を少しも変えることなく、突っ立ったままこちらを見つめている。

わざと無視しているのか、ふざけているのか、いつまでも反応しない店員を訝しみつつも、仕方なく店の奥でエスプレッソマシンからコーヒーを注いでいる女性店員に声をかけた。

「お待たせしてすみません、本日のコーヒー、ショートですね……」

幸いなことに、女性店員はすぐに対応してくれた。ただ、疲れているのだろうか、目は虚ろに声はやっと聞き取れるほど微かで、スターバックスで働く大学生のアルバイト店員といった風体からは似つかわしくない様子だ。

コーヒーカップをテーブルに置き席に着くと、カバンからノートパソコンを取り出して開く。スターバックスでは、フリーwi-fiを利用できるのが大変便利に思っている。

パワースイッチを押し、OSが起動した後、Firefoxを立ち上げる。ホーム画面に設定しているニュースサイトでは、トップニュースの見出しに「歩きスマホ事故相次ぐ」と書かれていた。

特に美味くも不味くもないコーヒーを啜り、いくつかのニュース記事やSNSなどを流し読みしていると、ノートパソコンの画面越しにジッとこちらを見据える視線を感じ、目を上げてそちらを見る。

店の入り口に立ったその男は、サンバイザーを被り、リュックを背負った出で立ちでこちらを睨みつけている。そうだ、さっき道で轢きそうになったあの若者だ。

傍らに連れているのは何だろう、犬のように見えるが……。



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