[コント]ロケットに虫を乗せて飛ばすな!
「ロケットに虫を乗せて飛ばすな!」
この物語は、その言葉からはじまった。
ささやいていたのは遺伝子学者たちだ。彼らは真顔でこう云う。
「そんなことしたら、人類は滅亡する!」
陰謀論? 最近、やれフェイクだ、やれデマだと、自分たちの常識が脅かされるとすぐにそんな言葉で反応する人が増えたが、陰謀論という言葉の意味をご存じだろうか?
<特定の個人や組織が、自分たちの利益のために反社会的な行動をとっている! と主張すること> それが陰謀論だ。
たとえば、政府が国家のために行うことは、たとえ大戦争であっても陰謀ではない。武器商人や金貸しが政府を動かして……というのが陰謀論だ。
今回の話の主謀者は、組織でも人でもなく遺伝子である。そして、
武器商人や金貸しが遺伝子を使って……という話はしないので、陰謀論ではない。あらかじめ、お断りしておく。
「生命は、遺伝子の乗り物である……」
この学説が発表されると、すぐにこういう疑問が提起された。
「遺伝子が自分たちの生存や繁栄を一番の目的にしているのであれば、どうして人間のような高等生命を誕生させたのか?
人間は核戦争で地球を完全に滅ぼすことが出来る。そうなれば、遺伝子も全滅するではないか……」
それに対して、主に二つの可能性が検討された。
一つは、遺伝子の失敗という可能性である。つまり、我々人類は、遺伝子の手違いで誕生したという考え方だ。いわゆる、鬼っ子である。親の望んだ子ではなかった。それなのに異常な力を持って生まれた……。
もう一つの可能性は、
遺伝子は宇宙への進出を狙っており、宇宙船を作るために高等生命を誕生させた、というものだ。
どうして遺伝子が宇宙進出を望むのか? 地球がいつか消滅するからである。全滅のリスクを軽減するためには、他の惑星に生命を拡散しておくしかない。
いきなりこんなことを云われても、ついていけないと思うので、少し説明する。
人類が宇宙船や他の惑星で生存することは、ひじょうに難しい。
可能性があるとすれば、サイボーグ化と遺伝子操作の両方が必要だそうだ。どちらも開発途上の技術で、短期間で実現しようと思えば、犠牲者が山のように出る。かといって、慎重に動物実験を重ねれば、かなりの時間を要する。
ところが、宇宙空間の移動や他の惑星への移住が今すぐにでも可能な生命がいる。虫だ。外殻があったり、簡単に仮死状態になれたりするからだ。下等生物のほうが、宇宙旅行には断然有利なのである。ある程度、見込みのある惑星に、虫や細菌や植物の種の詰め合わせを送り込めば、いずれかの生物が定着、繁殖する確率が高くはないが、ある。
つまり、遺伝子の立場に立てば、
人間はロケットだけ作ってくれればいい。宇宙に出る移民(移生命)の役は、虫や細菌にやってもらう
ということだ。その方式なら、今すぐにでも実行出来る。
そして、それが成功した時には、
「オマエたち(人類)の役割は終わった」
と、云われかねないのだ。
言い忘れたが、この話の前提には、<地球上のあらゆる生命の遺伝子は、一つの存在から派生したものである>という仮説がある。大元の遺伝子にとっては、虫であろうと人間であろうと、いずれも自分の分身であり、どちらが生き残っても構わない。新しく住み着いた惑星で、1から進化を再開する、ということだ。
「ロケットに虫を乗せて飛ばすな!」
この申し送りが、妄想なのかそうでないのかは、近いうちにわかる。
絶望的な話?
そうとは限らない。人類は何と云っても高等生命なのである。
たとえ遺伝子が人類を終了させようとしても、それに抗う術を持っている。極端な話、人間は自分たちのデータをロボットに載せて宇宙に飛ばすことも出来る。タンパク質の存在する惑星に届けることが出来れば、そこでロボットに肉体を再生させるという寸法だ。アクロバティックなアイデアだが、理論上は可能だ。
高等生命である人類が生き抜く術は、もう一つある。
言葉で後継者を作ることだ。「生命は遺伝子の乗り物である」と唱えた学者は、実はもうひとつ重要なことに気づいていた。<ミーム(意味の遺伝子)>についだ。
<意味の遺伝子>とは言葉に限らないが、言葉が最たるものだ。
たとえば、キリスト教は二千年以上、伝えられてきたが、それを伝えたのは遺伝子ではなく聖書であり、教会、牧師たちである。
もし、聖書をデータ化して宇宙に飛ばせば、彗星に乗って旅する宇宙人がそれを読んでキリスト教徒になるかもしれない。もちろん、キリスト教に限らず、仏教でも同じことが云えるし、共産主義のような思想もそうかもしれない。
さて、ここで問いたい。
火星に移住することに成功した虫と、
彗星のキリスト教徒の宇宙人、
あなたはどちらに親近感を感じるだろうか?
彗星の宇宙人は、遺伝子的には他人である。火星に移住した虫があなたの親戚だ。もし、財産を相続させるなら、あなたは虫を選ぶだろうか? それとも宇宙人?
わたし?
わたしには財産がないので、どうこう云う資格がない。
それよりも、正反対のケースに気づいた。
宇宙のどこかで、絶命の危機に瀕している宇宙人がいるとしよう。彼らは遺伝子も飛ばしたが、同時に<意味の遺伝子>も飛ばした。彼らはロケット技術も持っていたが、空間をショートカットしてデータをはるか彼方に飛ばす技術も持っていた。つまり、光の速度でも一万年かかるような遠方と、短時間で通信する技術だ。
実はオレ、最近、連続して不思議な夢を見るのだが、もしかしたらそれは遠い星雲からのデータを受信していたのかもしれない。
何が云いたいか?
その宇宙の彼方から飛んできた○○教を信仰すれば、その宇宙王国の後継者に選ばれるのではないか?
何しろ、その星は絶滅するのである。相当、アブナイことを云ってるようだが、後継者がオレしかいないのであれば、無下には断れまい。
実は、最近、その妄想に取り憑かれて困っていた。その星にどれだけの宇宙人がいるのかわからないが、その大勢の人たちの遺志を引き継ぐというのはたいへんな責任である。
しばらく眠れぬ夜が続いたが、さっき、ウトウトしたら、夢の続きを見ることが出来た。はるか彼方の星からの報せだ。
おかげで、正気に戻れた。なんと三万年もの間、タダ働きをせよというのである! さすが大宇宙。詐欺の規模もケタ違いだ!
ひさしぶりに清々しい気分になれた。やはり平凡が一番だ。どんなに慎ましくとも、気楽なのが良い。
しかし、しばらくすると、また迷いが出てきた。
(いや、待てよ。もし、本当だったらどうする?)
夢で見たそのへんちくりんな教えを信じていれば、三万年以上、生きられるということではないのか? そういえば、生活や食べ物や体操について、事細かく指示されていた……。
それだけじゃない。三万年生き抜けば、その暁には、滅亡した星の全財産が届くのである! 億万長者どころではない。京万長者、いや、もっとかもしれない!
話がウマすぎるか……
消費者センターに相談したほうがいい?
いや、宇宙のことだから、NASA? 英語は苦手だなあ。
また、眠れぬ日が続きそうだ……。
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