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Don’t Be Left in the Dark.

 2016年3月11日。人々を恐怖に包んだあの日から5年が経った。大学からの帰り道、見慣れない脇道を進むと、噂の「時計神社」はあった。都市伝説じゃなかったのかと驚く気持ちを抑えて鳥居をくぐった。
 時間を巻き戻してくれるという「時の神様」がいる時計神社。
 5年前の朝、いやあの時刻の30分前でもいい。戻りたい。
 思いが通じたのか、目を閉じ祈る私の頭の中で声が聞こえた。
『わかった。では、お前を2011年3月11日14時16分に戻そう』

 目を開けると見覚えのある部屋にいた。今はもうない俺の実家の俺の部屋だ。カレンダーや時計を見る限り、今日は2011年3月11日らしい。本当に時間が巻き戻ったのか。
 部屋の姿見に映る私は制服を着ていた。あぁ、そういえばこの日は中学校の卒業式だった。当時中学2年生だった私は、学校から帰った後、部屋で本を読んでいた。そして、あの揺れがきた。まだあの揺れが来るまで30分ある。せっかく戻ったのなら、何がなんでも家族を助けてやる。
「母さん!早く避難しよう!由香も!」
「どうしたのおにいちゃん、ゆかさっきようちえんからかえってきたのに、またどっかいくの?」
「どうしたのよ避難って、まるで津波が来るみたいに」
「来るんだって、あと30分で!だから父さんの会社にも早く連絡して」
「どうしてそんなことがわかるのよ、あなた超能力でもあったっけ?」
 いくら説得しても、母さんはふざけないでと言うばかりで全く信じてもらえなかった。
 そしてついに、そのときは来た。14時46分。家の中、町は悲鳴と混乱に包まれ幸せな日常が一瞬で消えた。母と妹の声が遠くに聞こえる。俺の視界がゆっくりと暗くなっていった。

 気づくと俺は、いつもの大学の通学路に立っていた。
 ここはさっき、時計神社へ行くための脇道があったところ……。しかし、その道はもう消えていた。
 あの日、俺は家族を失った。津波で家が流され、奇跡的に俺だけが助かった。父さんも建物の下敷きになり亡くなったと数日後に知らされた。その過去をやり直したかったのに、結局何も変えられなかった。家族を助けられなかった。

 それ以来、時計神社へ続く道が現れることはなかった。それでも、俺は今でも3月11日にその道が現れないか密かに期待してあの道を通っている。
 俺は今、地震学者になるために大学院で勉強している。そして、ときどき防災講演の講師として依頼がくる。俺はそこで必ずあの日見たこと、感じたこと、そして時計神社のことを話すようにしている。時計神社を信じる人はいないが、俺は話し続ける。あの日の経験を暗闇に葬らないように。

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