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「デザイナーは優れたコメディアンのように仕事をすべきだ」 by イアン・スパルター

Ian Spalter(イアン・スパルター)の「デザイナーがコメディアンのように仕事をすべき理由」という講演が面白かった。

デザイナーがデザインをするプロセスはスタンダップコメディアンが1本のネタを完成させるプロセスとよく似ているから、デザイナーは優れたコメディアンから仕事を学ぼうという内容である。

そのことについて note にまとめてみた。

□ イアン・スパルターについて

イアン・スパルターは第一線で活躍する「デジタルプロダクトデザイナー」として知られている。

過去に Nike、Foursquare、YouTube で働き、現在は Instagram で働いている。アメリカの本社ではデザインヘッドを務め、アプリから会社のブランディングまで、Instagram のあらゆるデザインをリードしてきた。

その様子は Netflix の「アート・オブ・デザイン」というドキュメンタリー番組のシーズン2で取り上げられている。Intstagram のあのシンプルなロゴが作られるデザイン・プロセスは動画公開時にインターネット上で大きな話題となった。

2019年から Intstagram の使い方が先進的である日本に米国外初のプロダクトチームを置くことになり、今は Intstagram Japan のヘッドを務めている。

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□ コメディアンがネタを1本完成させるプロセス

スタンダップコメディアンが1本のネタを完成させるまでのプロセスは次のようなものである。

まず自分が面白いと思ったネタをすぐさまコメディークラブのショーで披露する。ネタに対する見知らぬお客さんの反応を見ることが目的である。お客さんがあまり笑わなければネタが面白くないということなので、次のショーではネタを変える。お客さんが笑えばネタが面白いということなので、ネタを改良して別のショーのお客さんにもっと笑ってもらえるかどうか試してみる。また、ネタ同士の関係性もあるので、ネタを披露しながらジグソーパズルのように即興でネタとネタとを繋ぎ合わせようと試みる。ショーは一晩に何度もあり、このようなプロセスを一晩の間に何度も繰り返す。その結果、大半のネタがボツとなる代わりに磨きのかかった面白い傑作ネタが本ネタとして完成するようになる

あるスタンダップコメディアンは20代半ばのときに一晩で15〜20回もネタを披露していたことがあったそうだ。一晩で一本の面白いネタを完成させることができるので、ネタを披露しながら同時にネタを完成させていくことはスタンダップコメディーの醍醐味であると言っていた。

完成度の高い面白いネタを披露していると、次第にそのコメディアンは面白い人だと認識されるようになる。ファンができ、口コミなどの影響で徐々に多くの人たちが自発的にショーを見に来るようになる。

あなたのネタをもっと見たいと思う人が出てくると、独演会を開くことができるようになる。あるスタンダップコメディアンは1時間の独演会を作るために、コメディークラブで200回もネタを披露したそうだ。やがてその長時間の独演会を録画したものがテレビ局や Netflix に売られ、より多くの人に面白いネタを届けられるようになる。

スタンダップコメディアンはこのようにしてネタを作り、成功者へと成り上がっていく。成功者の一部は今でもコメディークラブのショーに立ち、お客さんの前でネタを披露するようにしている。その理由はコメディークラブの雰囲気が好きだというのもあるが、なによりもお客さんが笑ってくれるネタを素早く作るのに最適な場所であるからである。

□ デザイナーがデザインをするプロセス

デザインを職にしている人は既に気づいているかもしれないが、コメディアンがネタを完成させるプロセスはデザイナーが何かをデザインするプロセスとよく似ている。

デザイナーは自分自身で批評しながらデザインをする。そして、デザインしたものをテストし、人びとが実際にそれを使うのかどうかまたはどのように使うのかを観察する。デザインがまったく機能していなければ後戻りし、機能していればさらに機能するためにデザインする。コメディアンが1本のネタを完成させていくのと同じように、デザイナーもこのようなプロセスを何度も繰り返すことを経て、求められるデザインを作り上げていく。

スタンダップコメディアンが面白いネタを完成させたり、デザイナーが求められるデザインを作ったりしている状態は、一般的に「プロダクト・マーケット・フィット」と言われている。ネタやデザインしたものが市場にいる顧客のニーズを適度に満たしているのである。コメディアンもデザイナーもこのプロダクト・マーケット・フィットを見つけることに一生懸命取り組んでいる。プロダクト・マーケット・フィットを見つけることができると、ビジネスをスケールさせる段階にようやく移ることができる。ある人が欲しいと思うものは他の人も欲しいと思うのだ。コメディアンはネタをテレビ番組や Netflix に配信し、デザイナーはデザインしたものを大量生産しようとする。そうすることでより多くの新規顧客を獲得することができるのだ。

デザインとデータの関係性に着目する

コメディアンはお客さんの反応というデータを参考にしてネタを修正している。同じように、イアン・スパルターは「デザイン」と「データ」の関係性に着目しながらデザインの修正を試みるそうだデザインとデータを組み合わせることはもはや新しいことではない。ビックデータを活用してデザインに関する意思決定をしようとするデータドリブンな会社は既に多くある。しかし、デザインの要素とデータの要素を組み合わせると、本物のマジックのようなものが生まれる

デザインとデータをステレオタイプで見比べてみると、下のように二分することができる。

「デザイン」   「データ」
主観的  ↔  客観的
直感  ↔  事実
  アート  ↔  サイエンス
感情  ↔  統計

両者の要素を組み合わせれば、たとえば「統計学的直感」「アート・サイエンス」というようなマジックを生むことができる。このようにイアン・スパルターはデザインとデータの関係性に着目しながらデザインの修正を試み、マジックのようなものを作り出そうとしている。

□ データの扱いには注意しなければならない

コメディアンやデザイナーに関わらず、あなたがデータに基づいて意思決定をするデータドリブンな環境にいるのなら、データの扱いに関して次のことを意識しなければならない。

・データは会話の一部
・データはウソをつく
・データはあなたに正直である
・データはインスパイアする
・データはあなたを救わない

「データは会話の一部」とは、データがすべてではないことを意味する。あなたが目にするデータは会話の一部であり、全体像ではない。そのことを理解することも大事だが、その会話の一部となるデータを集める方法を洗練させることはとても重要である。データを集める方法が良くなければ、集められたデータは役に立たない。たとえば、あるコメディアンのネタは自分が主戦場とするコメディークラブでは不評かもしれない。そのコメディークラブで得られるデータだけを元に判断するとそのネタはボツになるが、異なる層がいる場所で披露すればそのネタは大ウケするかもしれない。極端に言えば子どもにウケるかもしれないのだ。コメディークラブで人気のコメディアンになるためにはコメディークラブのデータを重視する必要がある。しかし、そういうのをこだわずにコメディアンとしての成功を目指すのなら、コメディークラブ以外の場所でデータを取得することは大事である。

「データはウソをつく」とは、人がデータを使ってウソを作るという意味ではない。もちろんそういうこともあるだろうが、よくあるのはデータが意味することを本当に理解せずに自分が自分にダマされることである。たとえば、新しいサービスをローンチしたあとにサインアップするユーザー数が増加したデータを取得できたとする。あなたはサインアップしたユーザー数が実際に増えたと考えるかもしれないが、実はログインエラーだったということがある。また、新しいサービスはユーザーに受け入れられているというデータがあったとしても、それはあくまでも一部のユーザーに受け入れられているだけであって他の大多数のユーザーには受け入れられていない可能性がある。一方は良くなるが、他方は悪くなるのである。これはコメディーの世界にも通じる。データが意味することを本当に理解するには時間がかかるので、ダマされないように注意する必要がある

データには良い点もある。集めるデータが多いほど、「データはあなたに正直である」のだ。あなたがある答えを求めていたとする。その答えのために必要なデータを取得するように設定すれば、集まったデータはその答えを自然と導き出してくれる。たとえば、 Instagram にはたくさんのユーザーがいる。フィードバック機能をちゃんと実装することで、新しい機能をテストしたときのユーザーの反応が良いのかどうかを知ることができる。コメディアンは何度もショーでネタを披露することで、ネタが面白いかどうかというデータを正直に得ることができている。

「データはインスパイアする」とは、データが新しいチャンスを巡らわせたり新しい問題を解決したりするのを鼓舞してくれるということである。データを分析していると、一見なぜそのような結果になったのか分からないときがある。どういうロジックが動いているのかはまったく分からないが、データとして整合性がとれているのだ。有名な事例が「オムツとビール」である。アメリカではオムツとビールが一緒に購入されることが多いというデータがあった。一見何の関連性がないように思われる。しかし、詳しく調べてみると、アメリカではオムツを買う役割は男性が担っていて、オムツを買うついでにビールを買っていることが分かった。そこで、オムツとビールを並べて販売すると売上が伸びたのである。このようにデータは新しいビジネスチャンスを作るようにインスパイアしてくれる。

「データはあなたを救わない」とは、A/Bテストをしたデータを元にして思い描くプロダクト・ビジョンにたどり着くことはできないということである。たとえば、ユーザーが Instagram に没入しすぎて時間を浪費してしまうという問題がある。会社としてはユーザーの Instagram 利用時間が長いほど広告収入が見込めるので、ビジネス的にはハッピーなのかもしれない。だから、データを分析してユーザーが好みそうなコンテンツを提供し続け、なるべくユーザーのアプリ利用時間を長くしようとこれまで努力してきた。データを見ればこの戦略はビジネス的に成功かもしれない。しかし、この戦略を続けていると今後 Instagram が死んでいく可能性がある。なぜなら、Instagram を知らず知らずのうちに長時間使ってしまうことがアンハッピーと感じる人たちが増えてきているからである。データは Instagram を救っているようで、実は救っていないかもしれないのだ。Instagram を買収した Facebook CEO のマーク・ザッカーバーグはこのことを問題視している。これまでの戦略は短期的には会社の利益に繋がるかもしれないが、長期的に考えればユーザーが離脱して会社のためにならないかもしれない。また、Instagram は人びとの生活を豊かにするツールであるはずなのに、逆にアンハッピーとなっては本末転倒である。マーク・ザッカーバーグはビジネスの成長を保ちつつ、Instagram をユーザーにとってハッピーなものにしたいと考えている。イアン・スパルターもデザインの力を使ってその課題を解決しようと取り組んでいる。

□ ビジョンとデータについて

データとして何を測るは重要である。コメディーの世界では測るべきデータは主に「笑い」である。どれだけ多くの人たちをどれだけたくさん笑わせられるかが測るべきものとなる。しかし、「笑い」といっても「良い笑い」と「悪い笑い」がある。コメディアンは「悪い笑い」をデータから除外し、「良い笑い」のみをデータとして測らなければならない。優れたコメディアンは両者の違いを理解している。彼らには自分の目指すお笑いビジョンがあり、笑いの良し悪しはビジョンに合うかどうかで判別される。いくら面白くてもビジョンに合わない笑いは「悪い笑い」である。「悪い笑い」であれば、あえてそれをボツにしなければならないのだ。なぜならコメディアンの最終的な目標は、笑いの力でお客さんの感情を揺れ動かすことであるからだ。いくら笑いがとれてもお客さんの感情を揺れ動かすことができなければ、心のつながりを持つことはできない。心のつながりを持つことができなければ、お客さんは他のコメディアンのところへと流れるかもしれないのだ。そして、コメディアンが掲げるお笑いビジョンにはあなたがどうなって欲しいかという願いが込められている。あなたは自分が尊敬するコメディアンのどんなネタに笑ったかはあまりはっきりと覚えていないかもしれないが、その笑いに救われたり楽しい時間を過ごせたりしたことを覚えているかもしれない。

優れたコメディアンのように、デザイナーもビジョンを掲げよう。そうすることで、測るべきデータがどういうものなのかが見えてくるのだ。

デザイナーは優れたコメディアンのように仕事をしよう!


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