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「わたし」を認める社会をつくるには?TARLで人気の資料から見えるもの

地域社会を担うNPOとともに、社会に対して新たな価値観や創造的な活動を生み出すためのさまざまな「アートポイント」をつくる事業、「東京アートポイント計画」。現在東京都内で活動する各プロジェクトや、過去に東京アートポイント計画として共催していた事業や団体、Tokyo Art Research Lab(TARL)で関わった方々に関するニュースやメディア掲載情報をご紹介します。

Tokyo Art Research Lab(TARL)ウェブサイトの資料室には、東京アートポイント計画やTARLの活動の中で制作したさまざまな資料がアーカイブされています。多くはPDFデータをダウンロードできるほか、資料によっては郵送での取り寄せが可能です。

「資料の郵送申し込みフォーム」からの依頼はTARL事務局に届き、スタッフが一つひとつ対応しています。フォームには、入手目的や資料を知ったきっかけを記入する欄があり、依頼が入る時期や資料の内容、利用目的や申し込み者の住んでいる地域を見ていると、現在注目されていることや、必要とされている情報の種類とその背景が、見えてくるようです。

今必要とされている資料や情報、これから考えていくべきテーマとは、どういったものでしょうか。最近の特に人気の高い資料から見ていきたいと思います。


ろう文化と手話ー言葉やコミュニケーションについて考える

現在、東京都現代美術館にて開催中の展覧会「翻訳できないわたしの言葉」に、めとてラボメンバーの南雲麻衣さんが参加しています。

5人のアーティストの作品を通して、鑑賞者一人ひとりが自分とは異なる誰かの「わたしの言葉」とその背景にある文化をうけとめ、自分自身の「わたしの言葉」にも気づく、そんな機会を提示するこの展覧会ですが、最後の部屋には、それぞれのアーティストが推薦する書籍が並んでいます。

このコーナーで南雲さんが紹介しているのが、2021年にTARLで制作した冊子『つたえる、うけとる、つたえあう ― interpret 新たなコミュニケーションの在り方をみつけるために ―』です。事務局内では『つたえる本』と呼んでいます。

展覧会開幕後、美術館でこの冊子を手に取った方からの郵送依頼が増えています。

TARLで実施したプログラム「東京プロジェクトスタディ|共在する身体と思考を巡って 東京で他者と出会うために」での実践を元に制作したこの冊子では、手話通訳という「間」に立つ存在・役割に着目し、その視点や伝え方、受け取り方や読み取りの技術を通して「つたえる、つたえあう」ことについてあらためて考え、その経験を言葉にしています。

コミュニケーションの違いや認識のズレを体感しながらと共に考えていくための、
コミュニケーションカードも付属しています

展覧会で、誰にも翻訳され得ない「わたしの言葉」について考え、その言葉を誰かと伝え合う方法を考えるとき、この冊子は大きな助けになるのかもしれません。展覧会は7月7日までです。ぜひ足を運んでみてください。


2024年3月に発行した『まず、話してみる。― コミュニケーションを更新する3つの実践』も、『つたえる本』と一緒に送付依頼が届くことの多い冊子です。TARLウェブサイト上でも、この二つは関連資料として表示されています。

『まず、話してみる。』では、異なる視点を持つ他者と「ともにつくる」こと、そして「わたしたち、それぞれの文化」について考えようと、アーツカウンシル東京が実施してきた「手話」や「ろう文化」、「視覚身体言語」に関わる3つの事例を取り上げています。

東京アートポイント計画の一環で実施しているアートプロジェクト「めとてラボ」を紹介するページ。手話の動きを捉えています。

資料を求める方には、研究資料として参考にしたいという学生さんや教育に携わる方もいれば、美術館で読んで興味がわいたという方、ろう者の方、手話通訳を目指して勉強中の方、コミュニケーションについて考えたい方、伝える仕事に携わっている方など、様々な方がいらっしゃるようです。美術館で冊子を手にとったことから、TARLの取り組みを知ったという方も少なくありません。

手話やろう文化に触れることをきっかけに、あらためて自分や他者の「言葉」に気づき、その先のコミュニケーションについて考える方が増えているようです。

異なる文化の他者と協働する

この4月以降、郵送依頼で特に増えているものが、多文化共生に関わる資料です。たとえば、海外に(も)ルーツをもつ人々とともに、都内のさまざまなエリアで映像制作を中心としたワークショップを行うプロジェクト「KINOミーティング」(2022年度~共催)の記録集や、

「移民」(*)の若者たちを、異なる文化をつなぐ社会的資源と捉え、アートプロジェクトを通じた若者たちのエンパワメントを目的とするプロジェクト「Betweens Passport Initiative(BPI)」(2016年度~2018年度共催)の記録冊子『クリシュナ―そこにいる場所は、通り道』、
*この事業では、多様な国籍・文化を内包し生活する外国人を「移民」と呼んでいました。

自分や他者にとっての'Home’のありようを理解するための態度や方法を学び、映像作品をつくるプロジェクト「‘Home’ in Tokyo 確かさと不確かさの間で生き抜く」(2019年度 東京プロジェクトスタディのプログラムとして実施)の記録冊子など、海外にルーツのある方々と協働するプロジェクトが注目されているようです。

依頼は全国から届きますが、上記の資料は特に関西からの依頼が多くありました。同時にアートプロジェクトのつくりかたや運営方法、評価・検証に関する資料を依頼される方も。今後関西で、さまざまな国籍、文化を持つ方々が協働するようなプロジェクトが立ち上がるのかもしれません。

『KINOミーティングアーカイブ2 04.2023—03.2024』
KINOの各アーカイブブックでは、その年の取り組みから開発・実践されたワークショップの手法を図で分かりやすくまとめています。

見えてくるテーマとは

今回挙げたものは、春から初夏にかけての送付状況の一例ですが、これらの資料から見えてくる今のテーマがあるとすれば「(自分と異なる文化をもつ)他者とどのように出会い、ともに動くのか?」ということだと思います。

この10年で、社会はますます多様化し、さまざまなアイデンティティをもつ一人ひとりの存在が、より見えるようになってきたように感じます。属性で大きく括ったり、大きな主語で語ったりせずに、それぞれが「わたし」という単位で認められ、尊重し合う社会が求められています。そこに少しずつでも近づくために、引き続きどのようなアクションができるのか。今回ご紹介した資料が、さまざまなヒントを与えてくれるはずです。


TARLウェブサイトの「資料室」には、さまざまな資料がアーカイブされています。これらは、アートプロジェクトや文化事業にまつわる企画運営や研究、記録などのために制作した資料です。多くの方に手にとっていただき、自身の問いを深めたり、これからの活動を進める上での参考資料としていただけると嬉しいです。

執筆:小山冴子(アーツカウンシル東京プログラムオフィサー)