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#1041 小四郎の切腹、さぞ仰天あそばすことであろう

それでは今日も尾崎紅葉の『二人比丘尼色懺悔』を読んでいきたいと思います。

やせ衰えた体で脛を組み、刀にすがって乱髪の頭を垂れる小四郎。自分の体も今宵で見納め……。思い出すのは、妻の若葉のこと。出陣の際の別れは、2月6日、春の曙……。草履を結び、兜を受け取り、身を動かさず、声を出さず、見つめ合うふたり……。「健固で……」という小四郎、「御無事で……」という若葉。胸は煮える、五臓は千切れる、身を伸ばして見渡せば、小四郎の影は二尺ばかり……。小四郎を眺めるが、あいにく眼を曇らす涙。拭ってまた見れば、薄黒き粒となった姿も跡なく消えます。若葉は眼を閉じ手を合わせ「南無正八幡大菩薩」と唱えます。そして……再び現実へと戻ります。小四郎は太刀を鍔元からまで眺めます。我が身を護るべき太刀は、今、我が腹を裂く……我が本意か、太刀の本意か……

身は護らずとも。義を守り。忠を守る-太刀の本意[ホイ]-我[ワガ]本意[ホイ]。同じくは捨[スツ]る命ならば。にくき敵一人[イチニン]たりとも。多く手に懸け死すべかりしを。鈍[オゾ]や伯父に説伏[トキフセ]られ。久しく渇[カツ]せし爾[ナンジ]に。思ふまゝ血を啜[スス]らせでやみしは。爾が長年奉公の志[ココロザシ]を酬[ムク]ひざるに似て。守真が畢生[ヒッセイ]の落度[オチド]。もし精あらばよしなき主[シュウ]取りて。一代功名も成さず。果[ハテ]は腐れし腸[ハラワタ]に汚[ケ]がさるゝを。遺憾とも耻辱[チジョク]とも思ふ可[ベ]し。我なき後[アト]誰[タ]が手に渡るとも。守真が佩刀[ハイトウ]たりしを。ゆめ暁[サト]られな。暁[サト]られなば未練者[ミレンモノ]の指料[サシリョウ]よと囃[ハヤ]されて。誰[タレ]帯[オ]ぶる人なく。光を糞土[フンド]に埋[ウズ]め。われからの錆[サビ]に朽果[クチハツ]る事。よき誡[イマシメ]のこの守真。
⦅父上の遺物[カタミ]と思へば。太刀までが懐かしい……一刻も早く懐かしい父上母上に対面しやうか⦆
取直[トリナオ]す太刀を袖に巻き。切先[キッサキ]少し露[アラ]はして。襟押寛[オシクツロ]げ。下腹を弓手[ユンデ]に撫廻[ナデマ]はし。
⦅書置[カキオキ]なりと認[シタタ]めて。伯父上伯母上に此[コレ]まで受[ウケ]た御恩のお礼を述べたいものだが。矢疵[ヤキズ]の為にどうも手が……あすはいよ/\伯父上も目出たくお帰り遊ばすことか。伯父上が御無事でお帰りなさるは何より重畳[チョウジョウ]……それにつけて味方の総敗軍。殿までが無残な御最期[ゴサイゴ]……な……何が目出……たいのやら……あす勇むでお帰りなさる矢先へ。小四郎の切腹。さぞ仰天[ギョウテン]遊ばす事であらう。

ということで、この続きは……

また明日、近代でお会いしましょう!

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