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#1022 身骨を砕いても、御意を背く心は御座りませぬ

それでは今日も尾崎紅葉の『二人比丘尼色懺悔』を読んでいきたいと思います。

第二章の「戦場の巻」は、庵の主人である尼の夫である浦松小四郎のはなしのようです。
暁の空に、雪景色。小沢の近くに古い梅の木。低い梢に血が滴る生首が三つ結び付けられ、赤く染まる幹の二股に寄せかける若武者……。鎧の袖の板はちぎれ、草摺の板はほつれ、胴には血のまだら。額から眉を割って斜めをいく切り傷、赤をにじむ眼、うす青む面色。水際まで寄り、氷を破って、我が顔を水鏡に映して見詰め、顔の傷を洗い、辺りをまわして肩呼吸。半身を起き上げた、そのとき、右の太腿にヤリが!骨をも貫いたか!?見れば、小具足をつけた雑兵。「下郎!推参な!」……しかし、相手は一言も返さず、矢声高く切り下ろす。太腿に刺さったヤリを抜き取り、敵の胸板めがけて投げつけるが、体をひねって、斬り掛ってきます!つけいる若武者の切っ先を受け損じ、右の肩のはずれを割りつけられますが、すかさず二の刀で細首を打ち落とします。そんなとき、手綱を激しく搔い繰る音が!はたして敵なのか……味方なのか……。やってきたのは、白栗毛の馬で駆け来る武者!褐色の鎧に、獅子頭の前立物に、金の鍬形!小四郎に気づかず通り過ぎるところを後ろから、「浦松小四郎守真なり!御不足ながら御相手仕らむ!」……武者は、こちらを篤と見て、「やー小四郎か!」、なんと武者の正体は伯父上です!伯父上に傷の治療をしてもらっていると、突然、弾丸の音が響きます!小四郎は「これより戦場へ引き返し、華々しく斬り死に致す所存!」というと、伯父上は答えます。「いい所存!いい覚悟!しかし、おん身の勢は無残な敗軍。ひとり群がる敵に斬り込んで目覚ましい働きをしたところ、急に味方の勝利になるではなし。いわば犬死……。合戦は今日一日に限るでなし。十分手当をして、英気を養ったうえで、存分の働きをしやれ!」。すると小四郎は伯父上を恨めし気に見遣ります。「死すべき時に死せざれば、死ぬにましたる恥辱。それが名を惜しみ義を重んずる武士の御意見か!なにゆえ、潔く討ち死にせよと仰せられて下さりませぬ!却って御厚意を恨めしく存じます。伯父上……さらばでござります!伯母上にもよろしく御伝言頼みあげます。」

次[ツイ]で言ひださんとせしが。懐旧の涙に暫[シバ]らく咽[ムセ]ばされ。
⦅不運の小四郎。八歳にして父母に別れ。夫[ソレ]より今日[コンニチ]廿五歳の暁[アカツキ]まで。伯父上伯母上の御不敏[ゴフビン]にかけられ。実の親さへ及ばざる御慈愛。山とも海ともたとへ方[カタ]なき御高恩[ゴコウオン]を蒙[コウム]り。小禄[ショウロク]なりとも給はりて。父の名籍[ミョウセキ]を受嗣[ウケツ]ぐ迄に相成[アイナリ]しは。偏[ヒト]へにお二方のお骨折[ホネオリ]。いつかな此[コノ]御恩[ゴオン]報じと。日夜[ニチヤ]忘るゝ暇もなく思ひ続けて罷り在[アリ]しに。計らず此度[コンド]の合戦。伯父上とは敵と味方に別れ/\。勿體[モッタイ]なくも大恩[ダイオン]ある伯父上に弓をひきしは。私[ワタクシ]にかえ難[ガタ]き主君の御為[オンタメ]。武門の奉公のつらいと申す事。今日[コンニチ]始めて思ひ当[アタリ]ました。館へ来いとの今の仰せ。日頃に替[カワ]らぬそのお言葉。何処[ドコ]までも不敏と思召[オボシメ]せばこそ。平常[ツネ]なればいかやうなる無理難題を仰せらるゝとも。身骨[シンコツ]を砕いても。御意を背く心は御座りませぬ。まして御心切のお言葉。推しても願ふ処なれど。仮初[カリソメ]にも主君を持つ身の上。武士の意気地。小四郎がいふにいはれぬ心の中[ウチ]。御賢察[ゴケンサツ]下し置[オカ]れて。折角の御厚志に背くの段は幾重にも……伯父上……これこの通り手……手を合はして……⦆
「願ひます」は涙に紛れ。がばと伏[フ]せば。声は立[タテ]ねど武重も。震[フル]ふ鎗先[ヤリサキ]に陰[カク]されぬ涙。守真曇[クモ]れる声を励まし。
⦅わけて伯母様には……⦆
少時[シバシ]励[ハゲ]みても。また撓[タユ]む。
⦅言語[ゴンゴ]に絶[ゼッ]せし御慈愛を被[コウム]り。常々身のまはりの物何不自由なく賜[タマワ]り。風[カゼ]引[ヒイ]ても人を使はされ。気分はどうじや。欲しい物あらば申越[モウシコ]せ。この薬を用ゐよ……我子[ワガコ]と思[オボ]しめしての御心労。風引[ヒイ]てさへ夫[ソレ]ほどに……此度[コノタビ]小四郎が討死[ウチジニ]せしとお聞[キキ]遊ばさば。いかなる事に成行[ナリユ]かせたまはむかと。今死ぬ際に臨むでも。心に懸[カカ]る伯母上のお身の上。なる事ならば唯一目[タダヒトメ]。なつかしいお顔を拝[ハイ]し。長年うけし御恩の御礼なりと。せめては一言[ヒトコト]申上げ。此世[コノヨ]に思ひ遺[ノコ]す事なく。快よく生害[ショウガイ]致したう御座ります。尚又伯父上伯母上にも改めてお詫[ワビ]を致しますは。芳野殿の事⦆

芳野殿とは、いったい誰のことなんでしょうね……

ということで、この続きは……

また明日、近代でお会いしましょう!

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