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#1024 命を捨てたくば、私が相手を致そう!

それでは今日も尾崎紅葉の『二人比丘尼色懺悔』を読んでいきたいと思います。

第二章の「戦場の巻」は、庵の主人である尼の夫である浦松小四郎のはなしのようです。
暁の空に、雪景色。小沢の近くに古い梅の木。低い梢に血が滴る生首が三つ結び付けられ、赤く染まる幹の二股に寄せかける若武者……。鎧の袖の板はちぎれ、草摺の板はほつれ、胴には血のまだら。額から眉を割って斜めをいく切り傷、赤をにじむ眼、うす青む面色。水際まで寄り、氷を破って、我が顔を水鏡に映して見詰め、顔の傷を洗い、辺りをまわして肩呼吸。半身を起き上げた、そのとき、右の太腿にヤリが!骨をも貫いたか!?見れば、小具足をつけた雑兵。「下郎!推参な!」……しかし、相手は一言も返さず、矢声高く切り下ろす。太腿に刺さったヤリを抜き取り、敵の胸板めがけて投げつけるが、体をひねって、斬り掛ってきます!つけいる若武者の切っ先を受け損じ、右の肩のはずれを割りつけられますが、すかさず二の刀で細首を打ち落とします。そんなとき、手綱を激しく搔い繰る音が!はたして敵なのか……味方なのか……。やってきたのは、白栗毛の馬で駆け来る武者!褐色の鎧に、獅子頭の前立物に、金の鍬形!小四郎に気づかず通り過ぎるところを後ろから、「浦松小四郎守真なり!御不足ながら御相手仕らむ!」……武者は、こちらを篤と見て、「やー小四郎か!」、なんと武者の正体は伯父上です!伯父上に傷の治療をしてもらっていると、突然、弾丸の音が響きます!小四郎は「これより戦場へ引き返し、華々しく斬り死に致す所存!」というと、伯父上は答えます。「いい所存!いい覚悟!しかし、おん身の勢は無残な敗軍。ひとり群がる敵に斬り込んで目覚ましい働きをしたところ、急に味方の勝利になるではなし。いわば犬死……。合戦は今日一日に限るでなし。十分手当をして、英気を養ったうえで、存分の働きをしやれ!」。すると小四郎は伯父上を恨めし気に見遣ります。「死すべき時に死せざれば、死ぬにましたる恥辱。それが名を惜しみ義を重んずる武士の御意見か!なにゆえ、潔く討ち死にせよと仰せられて下さりませぬ!却って御厚意を恨めしく存じます。伯父上……さらばでござります!伯母上にもよろしく御伝言頼みあげます。改めてお詫びを致しますは、芳野殿の事……」。どうやら、芳野は、伯父上の娘で、小四郎の許嫁なのですが、御台様の縁組によって、侍女の若葉を選び、妻にしたようです。そのことを伯父上に謝ると、伯父上は泣きながら「娘は知る通りの不束者。気に入らぬはもっとも千万……」と言います。小四郎は「そりゃ伯父上、あまりでござります。許してやるとのお言葉を土産に死出の旅をいたしとうござります」。

刀を杖に身を起[オコ]し。力なき足を蹈[フミ]しめ。梅の木下[コノモト]に立寄[タチヨ]り。花多き小枝を切取つて。武重の前にさし置き。鬢[ビン]の毛一束[ヒトツカ]切払つて弓手[ユンデ]に抓[ツカ]み。
⦅伯父上。此[コノ]髪の毛は伯母上に……遺物[カタミ]と申すも恐れ多くは御座りますが。たヾ小四郎が討死[ウチジニ]の記章[シルシ]までに。御届け下さりまし。またこの紅梅[コウバイ]の一枝[ヒトエダ]は。芳野殿へ拙者が寸志[スンシ]。先頃[サキゴロ]お目にかゝつた砌[ミギリ]。拙者の庭の梅が開[サキ]初めたら。是非一枝との御所望。今日は持参しやう。明日[アス]はと思ふ内[ウチ]。遂に本意を果さずさ……嘸[サゾ]や今頃は庭の梅も。いゝ詠[ナガ]めで御……御座らうが。其[ソレ]を進[シン]ぜる訳には参らず。さいはひの此[コノ]梅と存じつき。一枝御覧にいれまする。小四郎が魂は此[コノ]花につきそひ。伯母上にも芳野殿にも。やがて見参[ケンザン]いたす心持[ココロモチ]にて。夫[ソレ]を楽[タノシミ]に潔[イサギ]よく討死[ウチジニ]致します。伯父上には武運長久[ブウンチョウキュウ]。御寿命万々歳……死後[シニオク]れては一大事。時刻の移らぬ内[ウチ]……伯父上此[コレ]……此[コレ]が長[ナガ]の……長[ナガ]のお別[ワカレ]で御座ります⦆
俄かに涙を掻払[カキハラ]ひ。立上[タチアガ]らんにも痛手[イタデ]の苦しさ。二三歩をよろめき-よろめき蹈出[フミイダ]す。鞍[クラ]に身を寄せ。涙に暮れし武重。鎗[ヤリ]取直[トリナオ]して突立[ツッタチ]あがり。鼻声を張揚[ハリア]げ。
⦅暫らく……小四郎⦆
守真は立留[タチトドマ]り。頭[カシラ]を振り向け
⦅はッ何御用[ナニゴヨウ]で御座ります⦆
⦅何処[イズク]へ行く⦆
⦅戦場へ……⦆
言はせも果[ハテ]ず。怒気[ドキ]を含む大音声[オンジョウ]。
⦅黙り召され。先刻から言葉を尽[ツク]して。言聞[イイキ]かするに。更に用ゆる景色なく。二言目[フタコトメ]には討死[ウチジニ]する……⦆
鼻の頭に「へゝ」と笑ひ
⦅さほど命が捨[ステ]たくば。戦場へ行くまでもない。伯父が相手を致さう。老躰[ロウタイ]ながら御身[オンミ]如き若輩[ジャクハイ]づれの。未練な刃[ヤイバ]は……⦆
胸板を。弓手[ユンデ]に丁[チョウ]と一トツ叩き。

「丁と」は、勢いよく打ったり切ったり、物が激しくぶつかり合う音を表わす語です。

ということで、この続きは……

また明日、近代でお会いしましょう!

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