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#1002 天水桶には蛟龍湧かず、芋畠には栴檀生えず

それでは今日も尾崎紅葉の『二人比丘尼色懺悔』を読んでいきたいと思います。

昨日にひきつづき序文のつづきからです。

われ諧謔自ら喜べど涙なきに非[アラ]ず。口よく罵[ノノシ]れど慰言[イゲン]なきにあらず。さては力を尽[ツク]さば縦鼻横目[ジュウビオウモク]のすなる事。などか我のみならざらむ。英国のシェークスピアといふは。鬼にもあらず神にもあらずして。一枝[イッシ]の筆に万象の人情世態を写して。泣くやうにも笑ふやうにも得書[エカキ]しと聞く。

没理想論争を読み終えたばかりなのに、また、シェークスピアが例に出てきた……w

かれは富家[フカ]にして下男[シモオトコ]に掃[ハ]かしめ。富女[フジョ]にして髪結[カミユイ]に梳[クシケ]つらしむるものなれば。手細工[テザイク]の及ぶべきにあらざれど。紅葉果して涙なきか。須らくこの書発市[ハッシ]の暁を待[マッ]て世の看官に問ふべし。淵を素通りしてその底に蛟龍[コウリュウ]の棲むを見るか。林を一目[イチモク]してその奥に栴檀[センダン]のあるを知るか。麁忽[ソコツ]ばしのたまふなと咳[シワブキ]二ツ三ツ。一同嘲笑していふ。天水桶[テンスイオケ]には蛟龍湧かず。芋畠[イモバタケ]には栴檀生えず。

蛟龍は、古代中国の想像上の動物で、ふだんは水中に潜んでいるが、雨雲に会うと、それに乗じて天上に昇るといわれています。
天水桶は、雨水を貯める木製の桶のことです。

紅葉爾[ナンジ]が非望の著作は。蛟龍を天水桶に覓[モト]めて底をぬき。栴檀を芋畠に探して地を荒らす。笑止/\と帰りゆく。紅葉その影遠くなるまで見送り。やがて二三尺とびすさって衣紋[エモン]かいつくろひ。大方[タイホウ]の君子に向って合掌再拝して曰[イワク]。拙劣の才学[サイガク]もとより変幻の人情を写すに。万分一[バンブガイチ]さへうべからざるを信ず。世間の蜆[シジミ]わが門前の蛤[ハマグリ]今ほざいたる誇大の過言は。人を見下し罵詈に対する一図[イチズ]の肝癪[カンシャク]。ほんの内〻[ウチウチ]だけの高話[タカバナシ]。真平御免下さるべし。もし方〻[カタガタ]に悪[ニク]まれ奉り。色懺悔を見てかなしがり涙を落[オト]すものは。書肆[ショシ]の主人[アルジ]ばかりなどの悪評。かの五人の耳にいらば。むごらしやわれは彼等が為に罵殺[バサツ]せられむ。他人にむかってならば。悪口雑言[アッコウゾウゴン]御心まかせ。たヾ五人へは。コレひそかに/\
明治廿二年小草生月戯作堂の南軒に
紅葉山人戯誌

ということで、この続きは……

また明日、近代でお会いしましょう!

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