見出し画像

#1040 我が身を護るべき太刀、今は我が腹を裂く……

それでは今日も尾崎紅葉の『二人比丘尼色懺悔』を読んでいきたいと思います。

やせ衰えた体で脛を組み、刀にすがって乱髪の頭を垂れる小四郎。自分の体も今宵で見納め……。思い出すのは、妻の若葉のこと。出陣の際の別れは、2月6日、春の曙……。草履を結び、兜を受け取り、身を動かさず、声を出さず、見つめ合うふたり……。「健固で……」という小四郎、「御無事で……」という若葉。胸は煮える、五臓は千切れる、身を伸ばして見渡せば、小四郎の影は二尺ばかり……。小四郎を眺めるが、あいにく眼を曇らす涙。拭ってまた見れば、薄黒き粒となった姿も跡なく消えます。

念力に砕[クダク]るほど。柱を抱[イダ]きしめたりし腕[カイナ]の力は。次第/\に弱り。今はたヾ始め犇[ヒシ]と取附[トリツ]きし形ばかり。五体はた〻かれし如く労[ツカ]れ果て。桃色に腫上[ハレアガ]る眥[マブチ]重げに。何を見[ミ]む目的[メアテ]もなく。見詰[ミツメ]る瞳は少しも動かず。茫然と立つ心の中[ウチ]は無念無想。悲しいも無く。恋[コ]いしいもなく。夫もなく吾身[ワガミ]もなし。慈悲に殺すといふこと。此世[コノヨ]にありとせば。此時[コノトキ]此[コノ]若葉の命を絶つぞ是[コレ]。守真が向[ムカ]ひし方[カタ]より。風が運ぶ陣鐘[ジンガネ]-雲に響く宝螺[ホラ]の音[ネ]。心づきしか目[マ]ばたきする若葉。眼を閉ぢ手を合[アワ]せ。
⦅南無正八幡大菩薩⦆

ここで、出陣の際の回想は終り、現実に戻ります。

守真⦅思ふまい……女々しい⦆
此一言[コノイチゴン]が唇を出るやいな。太刀も鞘から。火影[ヒカゲ]近くさし寄せ。鍔元[ツバモト]より切先[キッサキ]まで。切先より鍔元まで。見上げ-見下ろす帽子から五六寸に。一団の血の曇[クモリ]。守真にッと笑み。
⦅是[コレ]……肩先を……⦆
敵を斫らむず太刀-我身[ワガミ]を護るべき太刀。今は……我腹[ワガハラ]を裂[サ]く……此[コレ]が我[ワガ]本意[ホイ]か。そもまた太刀の本意か。主[シュ]を殺す不忠[フチュウ]の太刀……とはいひ乍[ナガラ]今死なずば。君[キミ]に対して臣[シン]たるの道に背き。伯父伯母には人たるの義理立[タタ]ず。父母の在[マ]します冥土の手引[テビキ]。また我守真を臣たらしめ。人たらしめ。且[カツ]は嬉しき対面さするは此[コノ]太刀

ということで、この続きは……

また明日、近代でお会いしましょう!

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?