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#1029 小さい折から許嫁の妻では御座りませぬか!お情けない!

それでは今日も尾崎紅葉の『二人比丘尼色懺悔』を読んでいきたいと思います。

第三章は、小四郎が、館の別室で、先の合戦の傷を癒しているところから始まります。「御気分はいかがでござります」と芳野が介抱にやってきます。すると、芳野は「おめでとうございました。御祝言あそばしましたとやら……小四郎様……女と申す者は操が大事と申しますが、その様なものでござりますか。」……御台様の侍女を選んだ男……許嫁なのに振られた女……振った男を介抱する振られた女……。小四郎は答えます。「申すも愚か。女は操を守って両夫にまみえず。忠君は二君につかえず……」。芳野は呆れ顔で「私の申したことがお気にさわりましたか。そのような心で申したのでは御座りませぬ。女は両夫にまみえずと申しますが、殿御は沢山恋人をお持ちなされてもよろしいので御座りますか」。小次郎は答えます。

⦅たとひ男たりとも左様な事を致すやからは。男傾城[オトコケイセイ]とか申して武士たるものにはあるまじき挙動[フルマイ]で御座る。女とて忠義は忘れてならず。男とて貞操[ミサオ]なくては叶はぬかと存じます⦆

「男傾城」とは、遊女のように容色を売りものにする男のことです。

⦅其[ソレ]ほどよく御存じの上で……⦆
他人[アダビト]と縁組[エングミ]は……と詰[ナジラ]んとせしが。「はしたなし」と我[ワレ]を誡[イマシ]め。
⦅あなたは私[ワタクシ]が左近之助の娘といふ事を。お忘れ遊ばしましたのか⦆
守真の心の「箭[ヤ]」は芳野が言葉の「脱兎[ダット]」を逐[オ]ふ。此処[ココ]の藪[ヤブ]に認[ミトム]る形。瞬く間に彼所[カシコ]の林に其影[ソノカゲ]。出没[シュツボツ]謀[ハカ]られざるを。足場も定めず逐[オイ]まはし。不測[フシキ]の崕[ガケ]を蹈外[フミハズ]さむかと。気は退[ヒ]けて進まぬながら。
⦅なに。左近之助の娘といふ事……なンで忘れませう異[イ]な事をおつしやる⦆
⦅いゝエお忘れ遊ばしたに相違御座りませぬ⦆
少し声をうるまし。膝を詰寄[ツメヨ]せて言[イ]ゝ懸[カケ]れば。
⦅何故[ナニユエ]に其様[ソノヨウ]な事を……⦆
⦅何故[ナニユエ]……とはお情[ナサケ]ない。左近之助の娘なら。幼稚[チイサイ]折から浦松小四郎守真の許嫁の妻では御座りませぬか。親と親とが誓文[セイモン]許した女夫[メオト]では御坐りませぬかもウし……小四郎様⦆
夜具[ヤグ]の袖に取附[トリツ]き。身を震[フル]はし。
⦅あなたは左近之助に芳野といふ娘がある事をお忘れ遊ばしたので御座りませう。余りといへば……お……お……お情[ナサケ]ない⦆

芳野からしたら、裏切られたわけですから、悲しいやら、腹立たしいやら、恨めしいやら、身を震わせてしまいますよね……

ということで、この続きは……

また明日、近代でお会いしましょう!

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