#609 大きいと思えば朝比奈の鉄棒
それでは今日も山田美妙の『花ぐるみ』を読んでいきたいと思います。
第十四回は、力造さんがお梅さんのことについて、ひとりでモヤモヤ考えているところから始まります。偏屈な力造さんは、気になっているお梅さんが美人であることに対して「醜婦なら面白いのに」と考えはじめます。その日の夜も人力車の仕事に出掛けます。そこで遭遇したのが、第十二回の美佐雄さんが車夫に賄賂を渡して杉田先生を罠にはめる策略で、偶然にも、その依頼を受けたのが力造さんでした。車夫が力造さんだったことで、美佐雄さんの策略は失敗に終わります。
仮に承諾すること、つら/\考へればそれさへも一寸[チョット]人をあざむく事と思はれて心持[ココロモチ]よくも無いほどですが、しかし無法な狼の歯は羊のため抜いてやッてもいゝものです。あざむくといふ事。屑[イサギヨ]くはありませんが、一先[ヒトマズ]力造も仮に用ゐました。さうすれば金を五円くれるといふ﹆その金を受けて吩咐[イイツケ]どほりに為[シ]ないのはいよ/\罪の上塗[ウワヌリ]です。「これは受けない方がいゝ」。潔白な雪は仮初[カリソメ]の塵[チリ]のかゝるのを物の数ともしません。
受けないので美佐雄は怪しむ体[テイ]﹆しかし此方[コッチ]は何気も無い体[テイ]。それから美佐雄にわかれて暫時[ザンジ]あッて、美事[ミゴト]梅本から呼駐[ヨビト]められましたが、また今更苦労になッて来たのは杉田に顔を見られる事です。前夜はじめて杉田を載せたときには如何なる僥倖[ギョウコウ]か、終[ツイ]に杉田にも顔を見られず、また自身さへ意でも迎へなかッたため、何とも思ひませんでしたが、諺[コトワザ]にもいふ疑心の暗鬼、小さいと思へば富士も箱庭の土塊[ツチクレ]と均[ヒト]しく、又大きいと思へば針も朝比奈の鉄棒です。
「朝比奈の鉄棒」とは、現在(2022)放送中の大河ドラマ『鎌倉殿の13人』のひとりである和田義盛(1147-1213)の三男・朝比奈三郎こと和田義秀(1176-?)のことです。鎌倉幕府2代将軍・源頼家(1182-1204)の目の前で海に潜り、三匹のサメを抱えて上がってきたという伝説の剛力の武将です。父の義盛が反乱を起こした和田合戦(1213)では、巨大な鉄棒を持って、大倉御所の門を打ち破って庭に乱入し、幕府方の武士を次々に斬り倒したといわれています。
今載[ノセ]る客は杉田、杉田しかも教師の杉田とあらかじめ之[コレ]を気に持てば身を気づかふばかり、いまはむしろ臆病とも言ふべき体[テイ]﹆それで命令を聞く時にもよく身体[カラダ]を光明[アカリ]に向けず、梅本の内儀にも一寸[チョット]妙だと思はせました。
ということで、この続きは…
また明日、近代でお会いしましょう!
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