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#1035 恋に最も恐るるは「疑念」!

それでは今日も尾崎紅葉の『二人比丘尼色懺悔』を読んでいきたいと思います。

第三章は、小四郎が、館の別室で、先の合戦の傷を癒しているところから始まります。「御気分はいかがでござります」と芳野が介抱にやってきます。すると、芳野は「おめでとうございました。御祝言あそばしましたとやら……小四郎様……女と申す者は操が大事と申しますが、その様なものでござりますか。」……御台様の侍女を選んだ男……許嫁なのに振られた女……振った男を介抱する振られた女……。小四郎は答えます。「申すも愚か。女は操を守って両夫にまみえず。忠君は二君につかえず……」。芳野は呆れ顔で「私の申したことがお気にさわりましたか。そのような心で申したのでは御座りませぬ。女は両夫にまみえずと申しますが、殿御は沢山恋人をお持ちなされてもよろしいので御座りますか」。小次郎は答えます。「武士たるものにはあるまじき振る舞いで御座る。女とて忠義は忘れてはならず」。芳野は言います。「あなたは私は左近之助の娘ということを、お忘れあそばしましたのか」。「なにゆえにそのような事を……」「なにゆえとはお情けない!左近之助の娘なら、小さい折から浦松小四郎守真の許嫁の妻では御座りませぬか!あなたは左近之助に芳野という娘があることをお忘れあそばしたので御座りましょう!あまりといえばお情けない!」。しおらしくと心を配れど、顔を見ると恋はいやましに募り、恨みはひとしお深くなります。「お主様[シュウサマ]の命だとて、お主様も人では御座りませぬか。なぜ、左近之助の娘芳野という歴とした妻があると、おっしゃってはくださりませぬ!あなたの口から、わけをお話しあそばして、ご辞退くだすったら、それを無理にとはおっしゃりなさるまい。私のような不束者はイヤにおなりあそばしたゆえ、言い訳もおっしゃらず、ご祝言なされたので御座りましょう!」。八歳にして孤児となった小四郎を育ててくれたのは伯父上の左近之助……しかし、両国の合戦では、敵と味方に立ち別れてしまった……そこに降りかかる縁談……二世の契りか、君臣の縁か……小四郎が戦場に向かう目的はふたつ。お主様と伯父上へのふたつの恩を報じ、芳野と若葉のふたりの女の心を無にしないため一命を捨てること……芳野は恨めしく、なお小四郎を責め、ついには「いっそ死にとうござります。楽しみない命を長らえて、こんな苦労を致すより…」と言います。そんな芳野に小四郎は「あらためてお願いござりますが聞いて下さるか」と言います。

⦅あノ私[ワタクシ]に……叶ひます事ならば何なりと……⦆
⦅必らずお聞き下さるか⦆
親しく問ひ懸[カケ]られて。嬌羞[ハズカシサ]も薄らぎしか。枕近くにぢり寄り
⦅その代[カワ]り私[ワタクシ]のお願[ネガイ]も……⦆
⦅其[ソレ]は申までも御座りませぬ⦆
⦅小四郎様きッと……あノきッとで御座りますか⦆
思[オモイ]の外[ホカ]の挨拶は疑惑[ウタガイ]の種[タネ]。
⦅武士に二言は御座りませぬ⦆
淀みなく言放[イイハナ]てば。紅[アカ]らむ顔を。袂[タモト]に包む嬉しさ。
⦅お嬉しうぞんじます⦆
守真は二ツ三ツ咳[シワブ]く苦痛[セツナサ]に。眉を皺[シバ]め。
⦅改めてお尋ね申すも異[イ]な物で御座るが。あなたは此[コノ]小四郎を二世[ニゼ]の夫[オット]と思召[オボシメ]す其[ソノ]お心に。詐[イツワリ]は御座りませぬか⦆
言ひ切[キラ]ざるに折返[オリカエ]して。
⦅今更其[ソレ]をお尋ね遊ばしますか⦆
⦅相違は御座りませぬナ⦆
恋に最も恐るるは「疑念[ウタガイ]」。芳野は声を湿[ウル]ませ。
⦅あらゆる神様仏様を誓[チカイ]にたてゝ。此[コレ]に詐[イツワリ]は御座りませぬ⦆
⦅其[ソレ]ほど思ふて下さる拙者に。なぜ陰[カク]し立[ダテ]を成[ナ]さる⦆
語気を鋭く詰[ナジ]り懸[カカ]る。思[オモイ]も寄らぬ難問。途方に暮れてはや……涙
⦅小四郎様あなたは根もない事を造[コシラ]えて。私[ワタクシ]の願[ネガイ]を叶えぬやうに。遊ばすお心で御座りますナ⦆
⦅小四郎は左様な卑怯ものでは御座らぬ。あなたの深く包むで居らるゝ事を。疾[ト]くより見抜[ミヌイ]て居[オ]ります……一昨日[イッサクジツ]伯父上から御便[タヨリ]が御座りましたらうが⦆
⦅えェつ⦆ 驚くを見て。さこそといふ笑[エミ]を含み。
⦅そのお便[タヨリ]を聞かして下され⦆

ちょ、ちょっと続きを読むのが怖くなってきたんですけど……ミステリー小説みたいな展開じゃないですか!なんですか!この一発逆転どんでん返しの小四郎の笑みは!

ということで、この続きは……

また明日、近代でお会いしましょう!

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