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#1021 なにゆえに潔く討ち死にせよと仰せられて下さりませぬ!

それでは今日も尾崎紅葉の『二人比丘尼色懺悔』を読んでいきたいと思います。

第二章の「戦場の巻」は、庵の主人である尼の夫である浦松小四郎のはなしのようです。
暁の空に、雪景色。小沢の近くに古い梅の木。低い梢に血が滴る生首が三つ結び付けられ、赤く染まる幹の二股に寄せかける若武者……。鎧の袖の板はちぎれ、草摺の板はほつれ、胴には血のまだら。額から眉を割って斜めをいく切り傷、赤をにじむ眼、うす青む面色。水際まで寄り、氷を破って、我が顔を水鏡に映して見詰め、顔の傷を洗い、辺りをまわして肩呼吸。半身を起き上げた、そのとき、右の太腿にヤリが!骨をも貫いたか!?見れば、小具足をつけた雑兵。「下郎!推参な!」……しかし、相手は一言も返さず、矢声高く切り下ろす。太腿に刺さったヤリを抜き取り、敵の胸板めがけて投げつけるが、体をひねって、斬り掛ってきます!つけいる若武者の切っ先を受け損じ、右の肩のはずれを割りつけられますが、すかさず二の刀で細首を打ち落とします。そんなとき、手綱を激しく搔い繰る音が!はたして敵なのか……味方なのか……。やってきたのは、白栗毛の馬で駆け来る武者!褐色の鎧に、獅子頭の前立物に、金の鍬形!小四郎に気づかず通り過ぎるところを後ろから、「浦松小四郎守真なり!御不足ながら御相手仕らむ!」……武者は、こちらを篤と見て、「やー小四郎か!」、なんと武者の正体は伯父上です!伯父上に傷の治療をしてもらっていると、突然、弾丸の音が響きます!小四郎は「これより戦場へ引き返し、華々しく斬り死に致す所存!」というと、伯父上は答えます。「いい所存!いい覚悟!しかし、おん身の勢は無残な敗軍。ひとり群がる敵に斬り込んで目覚ましい働きをしたところ、急に味方の勝利になるではなし。いわば犬死……。合戦は今日一日に限るでなし。十分手当をして、英気を養ったうえで、存分の働きをしやれ!」

実意[ジツイ]を籠めて説勧[トキスス]むれど。忠義一徹の守真。武重を恨めしげに見遣り。
⦅お言葉とも思ひませぬ。死すべき時に死せざれば。死ぬにましたる耻辱[チジョク]を受[ウク]ると申すに……武運拙[ツタ]なくして味方の敗軍。たとひ手疵[テキズ]を負へばとて。戦場を脱[ヌ]けて此処等[ココラ]を徘徊致すは。我ながら快[ココロ]よく存じませぬ。まして……卑怯者と敵味方の者の思はくも耻[ハズ]かしう御坐るに。此処[ココ]を落ちて館へ来イ。ゆる/\療治[リョウジ]せよ……御心切は御心切なれど。伯父上。平常とは違ひます……名を惜[オシ]み義を重[オモン]ずる武士に……夫[ソレ]が仰せ下さるお言葉か。名を惜み義を重ずる武士の……夫[ソレ]が御意見か。余りと言[イエ]ば女々しいお言葉。此[コノ]小四郎は命を惜む腰抜物[コシヌケモノ]と。おさげすみの上の御戯言[ゴジョウダン]で御座りますか。伯父上。亡父[ボウフ]と積年[セキネン]御入魂[ゴジュコン]の御馴染[オナジミ]。且[カツ]はその遺言を以て。我子[ワガコ]と思召[オボシメ]して御意見下さるならば。何故[ナニユエ]に潔[イサギ]よく討死[ウチジニ]せよとは。仰せられて下さりませぬ。却[カエッ]て御厚志を恨[ウラメ]しくぞんじます⦆
当然の理に責められて。武重は-鎗を突き。鞍[クラ]にもたれ-首を下げて無言なり。返事如何[イカ]にと。流盻[ナガシメ]に見やる守真。かれ一言[イチゴン]の答[コタエ]なければ。苛[イラダ]ちて
⦅伯父上……さらばで御座ります⦆
何を思案の武重。言葉は耳にいらざるか。體[カラダ]さへ顔さへ。少しも動かず。鬣[タテガミ]の雪に身をふるはして。馬のみぞ高く嘶[イナナ]く。
⦅是[コレ]が此世[コノヨ]の御暇乞[オイトマゴ]ひ。-伯母上にも芳野殿にも。守真がくれ/\よろしく申あげましたと御伝言を頼上[タノミアゲ]ます⦆

ということで、この続きは……

また明日、近代でお会いしましょう!

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