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#573 正体がバレないように、どうすればいいのか

それでは今日も山田美妙の『花ぐるま』を読んでいきたいと思います。

第五回は第四回の続き、力造さんが女性客を乗せて本郷真砂町へ向かっているところ、泣いている女の子を見つけ、なんとその子が、力造さんと女性客の共通の知り合いであるところの続きです。この女の子、どうやら迷子になってしまったようです。女性客から、この子の家を知っているか?と聞かれて、力造さんは答えづらそうにします。なぜなら、この子の家は、力造さんと同じ下宿だからです。もし、この子をこのまま連れて行くと、下宿の主人に、自分が人力車夫をやっていることがバレてしまいます。当惑していると、女性客は「すぐ連れて行ってあげるから、さぁこの車へ」と乗せてしまいます。力造さんとしては、正体がバレないかヒヤヒヤです!

引いて行[ユ]くのもほとんど夢中のやうで、聞けば車の上でも何かひそ/\話して居る様子、あるひは我[ワガ]身をあやしんで左様[ソウ]言ッて居るのかと
思はれて些[スコ]しも心がやすまりません。「何、うたがはれたとて構[カマ]ハない、どうせ通掛[トオリガカ]りの客だものを。」一度[ヒトタビ]ハ斯[コ]う思ッてもまた色々気に掛ける、考深[カンガエブカ]い性質の男ゆゑ、更に何処かいさぎよく無くも思はれます。どう思ッて居るだらう、斯[コ]う思ッて居るだらう、あゝ思ッて居るだらう、左様[ソウ]思ッて居るだらう、これだけの思案がしば/\往復して居るばかりです。
牛込の矢来町から本郷真砂町へ行[ユ]くには近道ハ弓町をとほる事です。が、それです、さうして弓町を通ッてしまへば、そら、直[スグ]にその阿喜代[オキヨ]を下宿屋へ送届[オクリトド]けるやうに為[ナ]ります。それ故、今は奮発しました﹆遠道[トオミチ]をまはッてまづ本郷真砂町へかゝり、その跡は病気だとか言立[イイタ]てゝ御免をかうふらうと决心しました。それほどに决心したものなら、今でも病気と言立[イイタ]てゝ済むわけです。が、客の方でハどう思ッて居るだらうと恐ろしく心配しますゆゑ、さすがまた今断然振捨[フリス]てるわけにも行[ユ]きません。
遠道[トオミチ]をまはッて薄淋[ウスサミ]しい処を通ればまた一層の心配が湧[ワ]いて来ました。「先刻[サッキ]から怪しんで居たやうで、それで斯[コ]う淋[サビ]しい処へ掛かるのを見れば嘸屹度[サゾキット]」……
思はず知らずふりかへる(何の用にも立ちませんのに)、その姿を見れば処女[オトメ]もまた案に違[タガ]はず、何だか疑がはしくなッて来て、娘気[ムスメギ]に、気味わるさに、恐[コワ]さに、さみしさに胸はすこしづゝ動悸をはじめて来ました。間違ふときにハ不思議に間違ッて来るものです。

ということで、この続きは…

また明日、近代でお会いしましょう!

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