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#584 身の毛がよだち、冷や汗をかき、心臓がドキドキする!

それでは今日も山田美妙の『花ぐるま』を読んでいきたいと思います。

仕事から帰ってきた力造さん。下宿屋の下女に素っ気ない返事をして、さっさと部屋に入ってしまいます。四畳の部屋には、机・筆筒・毛布・煙草盆などが置いてあります。仕事の後で疲れているところに、下宿屋の主人がやってきます。主人は力造さんに、通っている学校はどこか尋ねます。夜に人力車をしていることを隠している力造さんは、何かを察して答えが言い淀んでしまいます。

「今日[コンニチ]宅へまゐッた人も話しましたが」、工夫して他事[ヒトゴト]に持ッて行[ユ]き、「世の中には中々放蕩無頼[ホウトウブライ]な書生が多く有るところを、また近頃は感心ですね昼間は学校へ通学してそして夜は」…
力造の胸は人知れず浪[ナミ]をうッて居ます。
「夜は新聞紙の売子[ウリコ]となッたり、または人力車などを引きまして、ねエ、貴君[アナタ]…勉強する人も有[アリ]まして」。
じつと力造の顔を瞻詰[ミツ]める主人[アルジ]、誤麻化[ゴマカ]すのに胸をいためる力造。わざと聞損[キキソコナ]ッた体[テイ]をつくり、
「ヘエ?」。
「夜、あなた、人力車を引いて学資をこしらへる」…今度は「売子[ウリコ]」の事をば畧[リャク]して単[タダ]に「車」とのみ言ッた底意[ソコイ]…あゝ力造、推察しましたか知らん。
「はア左様[ソウ]ですかね」。
兎角[トカク]脛[スネ]に疵[キズ]を持てば充分な挨拶は出て来ません。それを見れば見るほど猶[ナオ]主人も心を固[カタメ]て来ました。
「そンな心掛[ココロガケ]のいゝ書生さんに一日でも御宿[オヤド]をしてもし下宿なさるやうなら相応な御手助[オテダスケ]はいたして上げたいもので厶[ゴザ]います。まさか、左様[ソウ]何処にもあるといふ事でも厶[ゴザ]いますまいが。もし貴君[アナタ]の学校にでもそンな方[カタ]がもし居らッしやッたならどうか宅へ入[イ]らッしやるやうに願ひたいもンです」。
力造の心の中[ウチ]の混雑、それは実に浮寝[ウキネ]の水鳥、見えぬところに隙[ヒマ]がありません。我知らず血は上へのぼるやうで、そして身は惣毛立[ソウケダ]つやうで、かねて聞く冷汗[ヒヤアセ]、これを今はじめて力造も知りました。何やら収まりの付かぬ力造の体[テイ]たらく、「あゝ是程[コレホド]に言ッても黙ッて居るかと思へば主人[アルジ]も何処[ドコ]と無く有無[ウム]の威光に撲[ウ]たれるやうで、これさへも前の事を言ひは言ひましたが胸はどき/\するのみです。

この頃から、胸は「ドキドキ」と表現するんですね…

ということで、この続きは…

また明日、近代でお会いしましょう!

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