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#1038 最終章は、死に花を咲かせんとする若武者が、妻との別れを思い出すところから……

それでは今日も尾崎紅葉の『二人比丘尼色懺悔』を読んでいきたいと思います。

今日から最終章「自害の巻」に突入しますよ!それでは早速読んでいきましょう!

吉野は春若葉は夏 われは世を秋の 露の命の事

行燈[アンドウ]の覚束なき火影[ヒカゲ]。隙間[スキマ]偸[ヌス]む風に揉[モマ]れて。明[メイ]……滅[メツ]……定めなき人の命。屏風立[タテ]まはしたる床[トコ]の上に。我[ワガ]篠楯[シノダテ]も寛[ユル]むほど。瘠衰[ヤセオトロ]へし脛[スネ]を組み。陣刀[ジントウ]に縋[スガ]つて乱髪の頭[カシラ]を垂れ。我目[ワガメ]にも我身[ワガミ]を今宵が見納め。一死[イッシ]と覚悟は極めながら。心といふ物ある間[アイ]だは。気に掛けらるゝ此世[コノヨ]の事。

「篠」とは、細長い板を数枚合わせた作りの物をいいます。

主命[シュメイ]に是非なく。心外の契[チギリ]。とはいひながら初枕[ハツマクラ]-忘られぬ物。妻に-我に焦[コガ]れし女。若葉-名は詐[イツワリ]にて姿は花と人の誉物[ホメモノ]。気立[キダテ]もやさしくしほらし。これ程の女が恋婿[コイムコ]とて。身に替[カエ]て大事に労[イタワ]るを。懐[フトコロ]にいる窮鳥[キュウチョウ]-鳥は言葉もなく情もなく。猟師は殺生に慣れて心自[ココロオノズ]から荒[アラ]し。其[ソレ]さへ之[コレ]を射らず 筒井筒[ツツイヅツ]の芳野を思はぬにあらねど。半月[ハンツキ]たりとも妻の若葉。にくからう道理はなし。その悪くからぬ妻……心にかゝる。またの逢瀬を未来にたのみ。生[イキ]がひもなく取遺[トリノコ]されし心の中[ウチ]……しかも女心[オンナココロ]。出陣の時十分悲[カナシ]ました上。又鎧櫃[ヨロイビツ]の書置[カキオキ]。命の絶えざりしか。心の狂[クル]はざりしか。玉[タマ]の緒[オ]絶[タ]つばかりが殺生ならず。絶たずして絶つにます苦[クルシミ]。無残な……無慈悲な……此[コレ]が女夫[メオト]の間にする戯[タワムレ]か。離別[ワカレ]の折[オリ]責めては笑顔を見せ。頼もしき言葉をもかけべきに。未練を残させじと無情[ツレナク]せしは可憫[フビン]の妻……可哀[カアイ]の若葉。忽然[コツゼン]胸に浮ぶ離別[ワカレ]の有様。
更衣[キサラギ]初[ハジメ]の六日……「春の曙」……聞けば暖[アタタ]かに長閑[ノドカ]のやうなれど。雪を底に持つ空。灰色に曇りて。日出前[ヒノデマエ]のいとヾ薄暗く。芽ざし柳をしごく朝風[アサカゼ]に。鎧は寒[ヒエ]て霜を浴び。足も踏留[フミトマ]らぬ寒気[サムサ]。二番鶏[ニバンドリ]に凄まじく啼立[ナキタテ]られ。式台[シキダイ]へ立出[タチイヅ]る若武者。引添[ヒキソ]ひて妻と覚[オボ]しき美女[タオヤメ]。真紅[シンク]の忍緒[シノビオ]を手[タ]ぐつて。五枚錣[ゴマイジコロ]の二方白[ニホウシロ]の兜を。馬手[メテ]重[オモ]げに捧げ。弓手[ユンデ]は揚巻[アゲマキ]の形を繕[ツクロ]ひ或[アルイ]は。赤銅魚子[シャクドウナノコ]の覆輪[フクリン]かけて。螺鈿[ラデン]の桜を散らせる。

「錣[シコロ]」は、後頭部から首にかけての部位を守る目的で付けられた物、小札[コザネ]や鉄板が3枚から5枚ほど連ねて糸や鋲などで留められています。

「赤銅魚子[シャクドウナナコ]」は彫金技法のひとつで、赤銅地金の上に、たがねでで魚の卵のような丸い小さな文様を一面につけたものです。

黒鞘[クロサヤ]の埃[ホコリ]を袖にて一拭[ヒトヌグ]ひ。夫[オット]に死花[シニバナ]飾らせんとか……けなげにも。哀れを知るや其処[ソコ]に跪[ウズクマ]る郎党の。さも悪気[ニクゲ]に半頬[ハンポウ]当[アテ]たるが。鋭き上眼[ウワメ]づかひに主人[アルジ]を見遣[ミヤ]り。草鞋[ワランジ]を直しながら。白く-太き息を吐く濁声[ダミゴエ]。

ということで、この続きは……

また明日、近代でお会いしましょう!


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