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#1007 出陣の際に残した手紙が知り合いの筆跡に似ている

それでは今日も尾崎紅葉の『二人比丘尼色懺悔』を読んでいきたいと思います。

谷陰にひっそりと佇む庵……茅葺は黒ずみ、壁は破れ、竹縁は踏み抜けそうです。ここには暦日がなく、昼は木を伐る音に暮れ、夜は猿の声に更けます。そんな庵に、ひとりの比丘尼が訪れます。どうやら、慣れぬ山道に迷ったようで、一晩泊めてほしい、とのこと。21歳の主人が見るところ、客人は、ねたましく思うほどの容色で、自分よりも2歳ほど若くみえます。客人が主人を見ると、世に捨てらるべき姿、世に飽くといふ年で、自分の成れの果てかと思います。主人も客人も互いに一様の思いはありますが、言い出す機会がありません。夜が更け、梟が鳴き、狼の遠吠えが聞こえます。和紙で出来た蚊帳を吊り下ろして、ふたりは寝ることに……。主人のいびきが微かに聞こえてきますが、客人は目を閉じても心は冴えて眠れません。枕辺には、行燈の火影に、今は蚊帳となったかつての書き置きが映り、目に入ります。客人はその書き置きを読むことにします。

では今日も、書き置きの続きを読んでみましょう。

どうやら、内容は、戦場へ赴く男が相手の女性にしたためた書き置きのようです。

連添[ツレソイ]てより今日まで廿日[ハツカ]に足[タラ]ぬ時の間[マ]に。覚束なくも友白髪[トモシラガ]の年月[トシツキ]を縮め。あかぬ思[オモイ]の短き契[チギリ]。長[ナガ]の別[ワカレ]の今と相成候ては。なまじゐのかたらひこそ。残念至極に存ぜられ候へ。始めより斯[カク]ある可[ベシ]としり候はむには。いかに御心底[ゴシンテイ]浅からずとも。将又[ハタマタ]主命[シュメイ]重ければとて。仮の世の仮の契[チギリ]は。思[オモイ]もかけざる事と。女々しくも後悔致され候。

連れ添ってたった二十日ですか……それは切ない……

よしなき契[チギリ]ゆへに。御身[オンミ]にも数の苦労相[アイ]かけ。また我とても此[コレ]のみ。死出[シデ]の迷ひと相成申候。翌日[アス]にも我討死[ウチジニ]と聞及ばれ候とも。搆[カマエ]て狭き了簡いだすまじく様[ヨウ]。暮〻[クレグレ]も頼入[タノミイリ]候。一図[イチズ]の心より世を墓なみ。髪を切[キリ]衣を染め。わがなき魂[タマ]の修羅道の苦艱[クゲン]を救はむねどゝ。思し立たん事尤も不所存[フショゾン]の至りに候。主の御為[オンタメ]には。家を忘れ身を忘れ候は。武門の掟に候へば。吾家[ワガイエ]の面目[メンボク]吾身の本懐[ホンカイ]何事か之に過[スギ]候はんや。妄執[モウシュウ]少[スコシ]も無之[コレナク]。往生致し候べく候。たヾ折々思ひ出され候とき。一遍の廻向[エコウ]御身の口からなし下され候はば尤も過分に候。おん身はまだ年若く在[オワ]し候得ば。何方[イズカタ]へなりとも似合はしき縁辺[エンペン]を求められ。万ゝ年[バンバンネン]の御寿命の後[ノチ]。冥土[メイド]にてかさねて対面を期[ゴ]し候。此[コノ]義はわが一生の願ひに候。暮々も違背[イハイ]あるまじく候。もし聞き入れ申さヾるに於ては。未来永劫他人と相成るべく候。別封[ベップウ]去状[サリジョウ]認[シタタ]め置[オキ]候の間可然[シカルベク]身のふりかた取計[トリハカ]らはれ度[タク]候。当坐の用までに金子[キンス]五十両。革籠[カワゴ]の内にさし置[オキ]申候。春雨の香[コウ]は殿より拝領の品なれば。平常[ヘイゼイ]大事にかけ候を。此度兜[カブト]に焚きしめ出陣いたし候余りを。遺物[カタミ]と思召[オボシメシ]下され度。取急がれ候まゝ名残おしき筆とめ候
若葉殿

涙に碍[サマタ]げられながら読了[ヨミオワ]る文[フミ]。じつと首を傾け。また文[フミ]を詠[ナガ]め
⦅はて……似た手跡[シュセキ]もあるもの。小四郎[コシロウ]様に 其儘[ソノママ]。誰の筆やら……宛名ばかり……⦆

どうやら、筆跡が知っている人に似ているようですね。

ということで、この続きは……

また明日、近代でお会いしましょう!

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