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#617 奥の間から人の忍び泣きする声がします

それでは今日も山田美妙の『花ぐるま』を読んでいきたいと思います。

美佐雄さんは自分が贔屓にしている芸妓を囲っている杉田先生を罠にはめようと自力車夫に依頼しますが、その人力車夫こそ力造さんでして、力造さんは美佐雄さんからの賄賂を受け取らず、未遂に終わらせます。しかし、力造さんには心配事がひとつあり、それは杉田先生に、自分が夜に人力車夫をしていることがバレないかということでして…。しかし、到着した家の前で、運賃のやりとりをしているときに、ついに力造さんの顔を見られてしまいます!「来間君でしょう?わたしは杉田です」。もう隠そうと思っても無駄です。杉田先生は、家の中へと、力造さんを招き入れます。「車を曳いているのは学資のためですか?」「はい」「両親はいないのですか?」「います」。話を聞いてみると、貧苦というより、むしろ好んで人力車を曳いているようで、力造さんの言葉にウソは感じられません。一方、力造さんは、杉田先生と話しているうちに、お梅さんのことを思い出してきます。「今夜ここに来ているかなぁ。この襖の次の間の次の間あたりに…」。

しかし、この家[イエ]の者はまだ起きて居る体[テイ]です、もはや夜更[ヨフケ]ですのに。それで気に掛[カカ]ることが一ツ有ります。をり/\何かみし/\といふ音が襖の向[ムコウ]で聞[キコ]えます。また襖へざらりと着物がさはる気[ケ]はひも有ります。「下女が己[オレ]を怪しんで覗くのか。それとも、もし阿梅嬢が」…
これをはげしい意馬[イバ]と哂[ワラ]ふのは野暮です。大した野心の無いときに馬猿[バエン]は随分さわぐものです。

「意馬心猿」とは、疾走する馬や騒ぎたてる猿の抑えがたいところから、煩悩や情欲や妄念のために、心が混乱して落ち着かないさま、また、心に起こる欲望や心の乱れを押さえることができないことのたとえです。

しばらくの間は杉田と力造との間に色々な話もありましたが、結局杉田は力造に人力車を曳くのをやめてわが家[イエ]に来て居たら何[ド]うだとまで心を傾けて来ました。が、まだ力造はそれに承諾をも言ひません ー 心では否[イヤ]でなくも思ッて居ながら。
やがて暇[イトマ]を告げて帰りさうに為[シ]ました。やゝ立上がッて襖を開くと同時に奥の間から…聞けば…意外な…人の忍泣[シノビナキ]する声がします。小供か大人か女か男か、それもまだ分解[ワカ]らぬ中[ウチ]です、それを力造に聞かせまいと胡麻化[ゴマカ]すやうな杉田の高調子[タカチョウシ]。
「寒くなりますな、夜更[ヨフケ]になると」。

というところで、第十五回が終了します!

さっそく、第十六回へと移りたいのですが…

それはまた明日、近代でお会いしましょう!

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