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#1009 優しい心にほだされて、お互い涙の夜中の昔話

それでは今日も尾崎紅葉の『二人比丘尼色懺悔』を読んでいきたいと思います。

谷陰にひっそりと佇む庵……茅葺は黒ずみ、壁は破れ、竹縁は踏み抜けそうです。ここには暦日がなく、昼は木を伐る音に暮れ、夜は猿の声に更けます。そんな庵に、ひとりの比丘尼が訪れます。どうやら、慣れぬ山道に迷ったようで、一晩泊めてほしい、とのこと。21歳の主人が見るところ、客人は、ねたましく思うほどの容色で、自分よりも2歳ほど若くみえます。客人が主人を見ると、世に捨てらるべき姿、世に飽くといふ年で、自分の成れの果てかと思います。主人も客人も互いに一様の思いはありますが、言い出す機会がありません。夜が更け、梟が鳴き、狼の遠吠えが聞こえます。和紙で出来た蚊帳を吊り下ろして、ふたりは寝ることに……。主人のいびきが微かに聞こえてきますが、客人は目を閉じても心は冴えて眠れません。枕辺には、行燈の火影に、今は蚊帳となったかつての書き置きが映り、目に入ります。客人はその書き置きを読むことにします。どうやら、内容は、戦場へ赴く男が相手の女性にしたためた手紙のようです。涙ながらに読み終え、改めて手紙を見ると、筆跡が知っている人に似ています。そんなタイミングで主人が目覚めます。客人は書き置きを読んだことを伝え、たずねます。「この書き置きの宛名の『若葉』とは、あなたの俗の名では」「はい、若葉と申しました」

書置[カキオキ]の名宛[ナアテ]は若葉。討死[ウチジニ]せしは慥[タシカ]にこの人の夫[ツマ]。傷[イタ]はしや……女とて深き思遣[オモイヤリ]。夫[ソレ]が言葉となりて。
⦅運あらば目出度[メデタク]帰ると是[コレ]には書[カイ]て御坐りますが。あなたの其[ソノ]お姿では。まさしく討死[ウチジニ]をなされた事と存ぜられますが……⦆
⦅仰せの通り敢[アエ]ないさ……最期を……は……はイ遂[トゲ]ました⦆
⦅これほどお勇ましい御決心では。定めしまア花々しい働[ハタラキ]を遊ばされた事で御坐りませうなァ⦆
⦅はイ……ようお尋ね下さいました。人伝[ヒトヅテ]に聞きますれば。武士の手本と成様[ナルヨウ]な。それは/\目覚ましい働きを致して果てたとの事。私[ワタクシ]までがどんなにか嬉しう御坐います⦆
⦅けなげな事をおツしやるだけ。お心の中[ウチ]が御推量申されて。他人の私[ワタクシ]まで涙が飜[コボ]れます⦆
泣けと言はぬばかり。主人[アルジ]は両袖[リョウソデ]を顔に当て。
⦅お察し下さいまし⦆ と……言ふにや。声はちぎれて。鮮[アザヤ]かに聞えず
⦅よしない事を申し出して。お歎[ナゲ]きをかけましたは私[ワタクシ]の無調法。御免遊ばしまし⦆
⦅なンのあなた勿體[モッタイ]ない……おやさしいお心に絆[ホダ]されて。不躾な……お詫[ワビ]なら私[ワタクシ]から申[モウス]ので御坐ります⦆
やう/\涙を収め。
⦅先程から私[ワタクシ]一人が味気ないやうな。お話ばかり致しまして……お見受[ミウケ]申せば。あなたも花の盛[サカリ]を其御姿……尼法師[アマボウシ]には勿體[モッタイ]ない御標致[キリョウ]……⦆
⦅アレお弄[ナブ]り遊ばします⦆
紅[アカ]らむ顔を枕にさしつけ。嬌羞[ハズカシサ]を笑む初心の風情。振袖きた昔が見たし-嘸[サゾ]やしほらしい声で普門品[フモンボン]。見れば麗しく。思へばいぢらし。無慈悲な親……これほどの娘を此姿。
⦅おいたはしうぞんじます。どういふ因縁で御発心[ホッシン]遊ばしましたか。お包み遊ばす事でなくば。お物語が承りたうぞんじます⦆

ということで、このあとは、客人の物語が語られるようですが……

それはまた明日、近代でお会いしましょう!

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