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#1025 その槍で、さあ!ひとおもいに突き通して下さりまし!

それでは今日も尾崎紅葉の『二人比丘尼色懺悔』を読んでいきたいと思います。

第二章の「戦場の巻」は、庵の主人である尼の夫である浦松小四郎のはなしのようです。
暁の空に、雪景色。小沢の近くに古い梅の木。低い梢に血が滴る生首が三つ結び付けられ、赤く染まる幹の二股に寄せかける若武者……。鎧の袖の板はちぎれ、草摺の板はほつれ、胴には血のまだら。額から眉を割って斜めをいく切り傷、赤をにじむ眼、うす青む面色。水際まで寄り、氷を破って、我が顔を水鏡に映して見詰め、顔の傷を洗い、辺りをまわして肩呼吸。半身を起き上げた、そのとき、右の太腿にヤリが!骨をも貫いたか!?見れば、小具足をつけた雑兵。「下郎!推参な!」……しかし、相手は一言も返さず、矢声高く切り下ろす。太腿に刺さったヤリを抜き取り、敵の胸板めがけて投げつけるが、体をひねって、斬り掛ってきます!つけいる若武者の切っ先を受け損じ、右の肩のはずれを割りつけられますが、すかさず二の刀で細首を打ち落とします。そんなとき、手綱を激しく搔い繰る音が!はたして敵なのか……味方なのか……。やってきたのは、白栗毛の馬で駆け来る武者!褐色の鎧に、獅子頭の前立物に、金の鍬形!小四郎に気づかず通り過ぎるところを後ろから、「浦松小四郎守真なり!御不足ながら御相手仕らむ!」……武者は、こちらを篤と見て、「やー小四郎か!」、なんと武者の正体は伯父上です!伯父上に傷の治療をしてもらっていると、突然、弾丸の音が響きます!小四郎は「これより戦場へ引き返し、華々しく斬り死に致す所存!」というと、伯父上は答えます。「いい所存!いい覚悟!しかし、おん身の勢は無残な敗軍。ひとり群がる敵に斬り込んで目覚ましい働きをしたところ、急に味方の勝利になるではなし。いわば犬死……。合戦は今日一日に限るでなし。十分手当をして、英気を養ったうえで、存分の働きをしやれ!」。すると小四郎は伯父上を恨めし気に見遣ります。「死すべき時に死せざれば、死ぬにましたる恥辱。それが名を惜しみ義を重んずる武士の御意見か!なにゆえ、潔く討ち死にせよと仰せられて下さりませぬ!却って御厚意を恨めしく存じます。伯父上……さらばでござります!伯母上にもよろしく御伝言頼みあげます。改めてお詫びを致しますは、芳野殿の事……」。どうやら、芳野は、伯父上の娘で、小四郎の許嫁なのですが、御台様の縁組によって、侍女の若葉を選び、妻にしたようです。そのことを伯父上に謝ると、伯父上は泣きながら「娘は知る通りの不束者。気に入らぬはもっとも千万……」と言います。小四郎は「そりゃ伯父上、あまりでござります。許してやるとのお言葉を土産に死出の旅をいたしとうござります」。小四郎は、鬢の毛ひと束を切り払い、伯母上への形見として渡し、戦場へと赴こうとしますが、伯父上は怒気を含んだ大声で「黙り召され!ふた言目には討ち死にする!さほど命を捨てたくば、私が相手を致そう!」と言います。

⦅よも立[タツ]まい。見事伯父が皺首[シワクビ]切つた其上[ソノウエ]で。まだ刃[ヤイバ]が鈍[ナマ]らずば。其時[ソノトキ]こそ戦場へ引帰[ヒッカエ]すとも-切死[キリジニ]するとも。御身[オンミ]の勝手。武重此処にある間は。其処一寸も動かす事はならぬ。さァ勝負⦆
二度三度鎗を引[ヒキ]しごいて。身搆[ミガマ]ゆれば。
⦅勝負とは……情[ナサケ]ない……⦆
目も眩み心も消ゆる。いぢらしや守真が無残の姿。強く口には言へど。胸には涙。泣[ナカ]じとすれど曇る声。
⦅情ないとは何が……今となつて後[オク]れたかさ……さ……勝[ショウ]……勝[ショウ]……⦆
⦅後[オク]れも致さねば恐れも致しませぬ⦆
⦅それになぜ勝負は致さぬ⦆
⦅どうあつても勝負は出来ませぬ。其鎗でさ……さ。一思[ヒトオモ]ひに突透[ツキトオ]して下さりまし⦆
⦅手向[テムカ]ひせんものは死人も同然。左様なものを手に掛[カケ]るは本意でない。戦場へ向ふも此処で戦ふも。命のやりとりに二ツはない。サ。早く……⦆
⦅いッかな成[ナリ]ませぬ。相手といふは大恩[ダイオン]のある伯父上。亘合[ワタリアワ]さむ其鎗は。亡父[ボウフ]が秘蔵の笹穂[ササホ]……刃向[ハムカイ]がなりませうか⦆

槍は、尖った刃の部分を「穂」と呼び、その刃のかたちが笹の葉のように長細く丸みのあるかたちのものを「笹穂」といいます。

実[ゲ]に其鎗は守真の亡父[ボウフ]守道が双[ソウ]なき秘蔵の業物[ワザモノ]。遺物[カタミ]とてかれに譲れるなり。見るからに思ひ出さるゝ亡人[ナキヒト]の事-其人の遺言「我子[ワガコ]を頼む」我子とは……小四郎。小四郎は……此姿。武重は鎗をカラリ投げ。立[タッ]たるまゝ男泣[オトコナキ]に咽[ムセ]び入[イル]。今迄は遠くも隔てぬ戦場の。物騒がしく聞こえしに。先程より寂寥[ヒッソ]となりしが。えい-えい-わうといふ勝鯨波[カチトキ]。俄[ニワカ]に天に轟[トドロ]けば守真磤[ハタ]と膝を打ち。無念の一声。
⦅南無三[ナムサン]ツ⦆
いひも敢[アエ]ず太刀[タチ]取直して。咽喉[ノンド]へ突立[ツキタテ]んとする。武重あはてゝ其手[ソノテ]を捕[トラ]へ
⦅逸[ハヤ]まるなツ……これ⦆

ということで、この続きは……

また明日、近代でお会いしましょう!

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