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#1019 響く……突然……弾丸の音!

それでは今日も尾崎紅葉の『二人比丘尼色懺悔』を読んでいきたいと思います。

第二章の「戦場の巻」は、庵の主人である尼の夫である浦松小四郎のはなしのようです。
暁の空に、雪景色。小沢の近くに古い梅の木。低い梢に血が滴る生首が三つ結び付けられ、赤く染まる幹の二股に寄せかける若武者……。鎧の袖の板はちぎれ、草摺の板はほつれ、胴には血のまだら。額から眉を割って斜めをいく切り傷、赤をにじむ眼、うす青む面色。水際まで寄り、氷を破って、我が顔を水鏡に映して見詰め、顔の傷を洗い、辺りをまわして肩呼吸。半身を起き上げた、そのとき、右の太腿にヤリが!骨をも貫いたか!?見れば、小具足をつけた雑兵。「下郎!推参な!」……しかし、相手は一言も返さず、矢声高く切り下ろす。太腿に刺さったヤリを抜き取り、敵の胸板めがけて投げつけるが、体をひねって、斬り掛ってきます!つけいる若武者の切っ先を受け損じ、右の肩のはずれを割りつけられますが、すかさず二の刀で細首を打ち落とします。そんなとき、手綱を激しく搔い繰る音が!はたして敵なのか……味方なのか……。やってきたのは、白栗毛の馬で駆け来る武者!褐色の鎧に、獅子頭の前立物に、金の鍬形!小四郎に気づかず通り過ぎるところを後ろから、「浦松小四郎守真なり!御不足ながら御相手仕らむ!」……武者は、こちらを篤と見て、「やー小四郎か!」、なんと武者の正体は伯父上です!

⦅大分[ダイブ]の手傷[テキズ]。面色[メンショク]といひ呼吸といひ。気遣[キヅカ]はしい。重手[オモデ]では御座らぬか⦆
戦場の習[ナライ]とて。親は子をすて。子は親を思ふ暇なく。人の心は剛[ゴウ]に流れ。寄手[ヨセテ]の松火[タイマツ]に目さまし。胡簶枕[ヤナグイマクラ]にいぬるまで。やさしき言葉は。かけられも。かけもせず。かゝる時なれば金瘡[キンソウ]の血を甞[ネブ]る。大将の慈悲の舌には。惜[オシ]むべき一命も物かは……棄[ステ]る気になるぞかし。

「胡簶」とは、矢を入れ、右腰につけて携帯する道具のこと、「金瘡」とは、刀でできた傷、刀傷のことです。

人と見れば。うつか-討[ウタ]るゝかの中に。思ひもよらず逢ふは……伯父-聞くは……温言[オンゲン]。ばらばらと玉走[タバシ]る涙は草摺の血を洗ふ。
⦅は……はイ⦆あとは無く。さしうつむく。武重は唐綾[カラアヤ]の燧袋[ヒウチブクロ]より。金瘡の薬とりいだし。舌頭[ゼットウ]に湿[シメ]して指に載せ。
⦅さ……さ小四郎薬[クスリ]……面[オモテ]を……⦆
守真[モリザネ]会釈[エシャク]しつゝ顔をさし出せば。武重[タケシゲ]其[ソノ]頤[オトガイ]に手をかけ。疵口[キズグチ]に薬を塗りながら
⦅ほーツ此[コレ]は……どうじや痛[イタ]むか……うーム左程[サホド]痛まん……外[ホカ]に矢疵[ヤキズ]でも請[ウケ]られたか⦆
⦅はッ……左の籠手[コテ]と腰の番[ツガ]ひ……外[ホカ]に一ヶ所高紐[タカヒモ]のあたりへ強く横矢[ヨコヤ]を請[ウケ]ました⦆
⦅左様か⦆と声をうるませ⦅玉傷[タマキズ]は……⦆
⦅幸[サイワ]ひに弾丸[タマ]はうけたやうに覚えませぬ⦆
⦅玉は受けぬ……其[ソレ]は目出たい……ひどく震[フル]へる様子だが如何[ドウ]いたした⦆
⦅只今此処[ココ]で……⦆
と倒れたる雑兵[ゾウヘイ]を指さし。
⦅こ奴に不意に右の太腿へ鎗を……⦆
⦅こ奴に……仕留[シトメ]られたのか⦆
勇気を心に誉[ホム]る笑顔。守真も淋しげに笑[ワライ]を含み。
⦅細首打落[ウチオト]してくれました⦆
⦅ふーム天晴[アッパレ]⦆
と守真が乱髪[ランパツ]にふりかゝる雪を払ひつゝ。痛手に凋[シオ]るゝ姿を見て偸[ヒソ]かに涙おし拭[ヌグ]ふ。響く……突然……弾丸[タマ]の音-釣瓶ばなし。

ということで、この続きは……

また明日、近代でお会いしましょう!

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