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人の人生には、他人じゃ知り得ないドラマがある。自らの生き様に誇りを持ってみようじゃないか。『デタラメだもの』

数ヶ月前、事務所を移転し、オフィス街のど真ん中から、比較的住宅街に近い町へと移ったわけで。以前は、どこを見渡してもエナジーを滾らせているビジネスパーソンで溢れかえっていた景色が一変、今では散歩中のおじいちゃんや買い物に向かう奥様方、ワイワイと賑やかな声をあげながら下校する小学生たちが、アットホームな様子で心を癒やしてくれる。

そして何より特筆すべきなのが、移転先の事務所が、社会人として最初に勤めた会社から徒歩2分程度の場所に位置しているということ。それなりに長くお世話になった会社だっただけに、どこか懐かしく、どこかむず痒い気持ちを抱かざるをえない。

いつぞや、当時一緒に働いていた人間たちを目撃するのでは、というエンタメを予感しながらも、退職してから15年以上もの歳月が過ぎ去っている。もはや旧知の人間など転職してしまって、誰も残っちゃいないかもしれない。

だってあの頃はスマートフォンだってなかったし、音楽を聴くにもCDが主流で、でもCDを買うお金がもったいないからと、レンタルショップでCDを借りては、いそいそとMDにダビングしていた時代。思えば、世の中も激変しちまっているわけだ。

そして先日、得意先に自転車で向かうべく事務所を出発した矢先、以前勤めていた会社の斜め前にあるタバコ屋の前で談笑する三人の男性の姿が目に飛び込んできた。

三人のうちの二人が旧知の人間であることは、DNAレベルの反応から即座に察知できた。自分より一歳年上でほぼ同期入社だった同僚と、常に冷静で中立な立場を保持しつつも、若手の目線に合わせて物事を考えてくれた当時の課長。彼らは、当時と変わらぬ様子で、タバコをふかしながら談笑していた。

もちろん声はかけまい。時間ギリギリで行動する性分のため、1分でもロスしてしまうと得意先訪問に遅刻してしまうから、という事情は建前。彼らの世界から飛び出して行った自分のような存在は、異物として扱われてしまうだろうきっと、というのが本音。彼らの談笑を横目に、素知らぬ顔して通り過ぎる。ノスタルジックな感情を胸に抱きながら。

彼らとの独りよがりな再会を経て数分後、ふと思った。なるほど、彼らはこの15年以上の年月を、ずっとずっとこの場所で過ごしてきたのか、と。

思い返せばこの15年近く、えげつないほど多くの経験をしてきたように思う。思い出を語るにはまだ若すぎるからと、基本的にはお酒を飲んでも懐かしい話はしないようにしているが、語りだしたら止まらなくなるほどのドラマがあった。

そんなことを考えながら、ほんの刹那、変わらぬ彼らの姿から、ある種の停滞を感じ取ってしまった。が、その次の瞬間、その思考を抹殺した。まるで、モグラ叩きの穴からひょっこりと顔を覗かせたモグラを、切れ味抜群の日本刀で華麗に一刀両断してしまうように。

なぜ日本刀で斬りつけたかというと、自分の人生もたいしてバラエティに富んだものではないと感じたからだ。だって、彼らに対して停滞のステッカーを貼ってしまうならば、きっとこちらの人生にだって、ある種同様の烙印を押されてしまう気がしたんですもの。しょぼん。

世の中には、海外を散々旅して周る人もいる。言葉も通じない国に赴き、ボランティアスタッフとして人のために生きる人もいる。国内を自由に飛び回っている人、さまざまな趣味を通じてたくさんの人たちとの出会いを経験している人、会社を経営しながら、日々、従業員たちのドラマに触れている人もいるだろう。

そんな人と比べると、自分の人生なんて、ちっぽけなものだ。彼ら彼女らからすると、我が人生などモノクロームに感じられて仕方がないかもしれない。

君もこっちへおいでよ。華やかな人生はとってもとっても楽しいよ。一緒に刺激的な毎日を過ごそうよ。と手招きされつつも、「いやぁ、時間がないんスよ。お金もないんスよ。夢だけはあるんスけどねぇ」などと苦笑いしながらその誘いを断るに決まっている。「俺、モノクロームが好きなんスよね」などと強がりながら。

一方で、何十年もの年月を、ラーメン道に捧ぐ大将だっているだろう。職人として腕に磨きをかけ、その道一本で生きる人だっているはずだ。子供の成長をそばで感じながら、彩り豊かな感情と感動を抱き、毎日を生きてる人だっている。たとえ変わらない景色の中にあったとしても、人生はどんどん移ろいゆく。嗚呼、素晴らしき哉、僕の人生。素晴らしき哉、貴方の人生。

そう。人の生き様というものは、場所や立場じゃ、とうてい想像できないということに気づいたの。モグラ叩きのおかげでね。

何も考えていないように思われがちな人だって、きっと心の中では実に多くのことを考えているだろう。職場でつまらなさそうにしている人だって、仕事が終われば人生を満喫しているかもしれない。想像もつかない趣味を持っているかもしれないし、人には言えない癖を持っているかもしれない。そうだ、人間の可能性は無限大なのだ。

なんだこの清々しい肯定感は。灼熱のような暑さも、自転車で45分もかかる得意先のオフィスへと向かっていることさえもハッピーに感じてきたじゃないの。毎度のように通っているこの道も、未知なるアドベンチャーへの入り口のように感じられて仕方がない。こんな日は、何か特別なことが起こるような気がして、うふふん。

そんな期待を胸に自転車をこいでいると、いつもなら通り抜けられるはずのJR線路沿いの道が、大規模工事で封鎖されていた。これはマズい。予想外過ぎる事態だ。どこまで迂回させられるか想像もつかん。

平常ルートに戻るために大幅に迂回する。どこまでもどこまでも、果てしなく迂回する。隣町まで行っちまうんじゃないかってほどに迂回する。結果的に、得意先で披露しなければならないプレゼンテーションの開始時間に遅れてしまった。まあ良い、これもひとつのドラマよね。

独りよがりのドラマに浸りながらプレゼンテーションを続けていると、ふと、JRの線路沿い、高架の下に居を構えている、住所を持たないおっちゃんのことが思い出された。
高架下を通り抜けるとき、いつも寝転びながら本を読んでいたおっちゃん。やたらめったら鳩に寄り付かれていたおっちゃん。

大規模工事に伴い、おっちゃんも退去を命じられただろうな。次はどこに移り住むのだろうか。そんなすぐに安住の地は見つかるのだろうか。人の人生は、何が起こるかわかったもんじゃない。

ああだこうだと、おっちゃんの心配をしながらプレゼンテーションを続けていると、ぼーっとして舌を噛んでしまった。プレゼン後、トイレの鏡で舌をチェックしてみると、日本刀で斬られたような傷跡ができていた。

デタラメだもの。


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《3分後にはもう、別世界。》 『3分で読めるショートストーリー作家+広告クリエイター+マーケッター』の切り口で記事を執筆しています。広告企業勤め+フリーランスの兼業家。https://www.facebook.com/osakamoderndisco/

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デタラメに生きる。デタラメに暮らす。薄暗い世の中をデタラメに生きるための処世術、バイブル。妄想まみれで日常を綴るエッセイです。

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