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ビジネスの現場で頻出する<妖怪するりひょん>。追い詰めようにも追い詰められない。多くの人々が手を焼く、厚顔無恥な妖怪の存在とは?『デタラメだもの』

お客さまが商売で悩んでいたり困っていたりすると、呼び出していただき、あれやこれやとお手伝いをさせていただく。職業柄、アドバイスのようなことをさせていただく機会もある。自分のようなフワフワした人間でも、やはり結果が全ての世の中、目から血がでるほどにお客さまのことを考えに考え抜いて客先を訪問する。

そんな折、妙な妖怪に出くわすことがある。勝手ながらその妖怪の名を『するりひょん』と命名している。もちろん自分の中で。その妖怪は何もかもを「するり」とかわすだけでなく、こっちの提言の全てを「スルー」する。実に恐ろしい妖怪なのである。

お客さま側は何らかのアドバイスや答えを求めて僕をその場に呼び出す。僕はこれまでの知識や経験などから深い分析を行い、アドバイスやら答えやらを持ち合わせ訪問する。立場的にどちらが上、どちらが下、というわけではないが、医者と患者のような関係性であることは間違いないだろう。

ところがだ、そういった場面で例の<妖怪するりひょん>は姿を現す。

奴らの特徴はと言えば、こちらが提示した助言やら情報の全てを、「そうなんですよねぇ~」というリアクションとともに、するりと吸収してしまう。この妖術が何とも手強い。

例えば某店舗で売上の伸び悩みがあるとしよう。店舗の皆さん、経営されていらっしゃる皆さんで会議を重ねた末、答えに行き詰まり、どう対処していけば良いかわからなくなる。そこでお呼びがかかり、訪問する。

「店舗のレイアウトってこまめに変更されてらっしゃいます?」
『いやぁ~。変えてないですねぇ』
「今まで変えたことない感じですか?」
『そうですねぇ。ずっとこのままですねぇ』
「上手く流れていないレイアウトは変更して、その都度結果を見て行かないとダメなので。定期的なレイアウト変更とそれに伴う売上の推移を分析していきましょう!」
『そうなんですよねぇ~。レイアウトは都度都度変えないとですよねぇ~。売上の推移を見るのも重要ですからねぇ~』

<妖怪するりひょん>が本領を発揮したことがお分かりいただけただろうか。最後のフレーズをご覧いただきたい。奴はこちらが提言した内容を、さも自分も前から知っていた気づいていたというテイで受け流している。僕が責任を持って考え抜いてきたプランやアイデアを、いとも容易く受け流してしまうツワモノなのだ。

奴らはこんな妖術だって簡単に操ってしまう。

「抜本的な対応が必要そうですね」
『そうですか……』
「きっと実現すれば業界初になるんですが、このような商品の打ち出し方をしてみてはいかがでしょう」
『そうですよねぇ~。結局、それしかないですもんねぇ~』

嗚呼、恐ろしい。オドロオドロシイ。こちらが業界初となるアイデアを考え、それを他人に披露することももちろん初。まだ誰ひとりとして知り得ないアイデアを提示したとしても、さも自分も前から知っていた気づいていた、でもあえて言わなかっただけ、それを自慢げに披露するテメェはボンクラで俺以下のデクノボーだ。とでも言わんばかり、妖術を使いやがる。

しかも、そんな風なリアクションをされてしまっては、助言・提言のいちいちが、全て陳腐なものに感じられ、関係各位の士気が下がってしまう。実によくない。実に望ましくない。

こんな風に奴らの悪行をツラツラと書き連ねていると、なんだかこっちがとても器の小さな人間に映ってしまう。「いいじゃない別に。自分の手柄にしたい人だっているんだし、そんな小さな手柄に拘らず、ドッシリ構えてりゃいいじゃない。もっと温かい目で見守ってやりなよ」と、諭されてしまいそうだ。しかし、実際はそんなアットホームでハートフルウォーミングな状況じゃないんだ。

こっちはお客さまへの助言・提言を行い、それをもとに結果を出すのが生業。助言・提言というやつも成果物として立派な対価の対象となっている。ところが、奴らがひとたび妖術を使ってしまうと、どうなるか。

「最終的にはAというプランで業務改善するしかないですね」
『そうですよねぇ~。結局、Aというプランになっちゃいますもんねぇ~』
「まぁ、Aは効果的な手法ですので、何らかの結果は出ますよ」
『そうですよねぇ~。結果は出るんですよねぇ~』
「じゃあ、今後はどうされます?」
『そうですね、今後どのようにすればいいのかアドバイスをいただきながら、いろいろと検討していきたいと思います』

という状況になる。この状況のどこが危機的かと申しますと、こっちの助言・提言をさも自分の手柄として吸収するあまり、僕が何ひとつ助言・提言をしていないという状況が作られてしまう。だって、奴らが絡んでくることで雰囲気的には、<妖怪するりひょん>が元々知っていた気づいていた程度の助言・提言でしかない、過小評価されてしまう。

<妖怪するりひょん>の手柄になるとか、<妖怪するりひょん>の評価が上がるくらいの褒美ならいくらでもやってあげるが、こちらから何ひとつ助言・提言していないと捉えられてしまうと、対価をいただくことが難しくなってしまうわけである。

だって、お客さま方は僕に金言を求めている。にも関わらず、<妖怪するりひょん>レベルの能力しかないと評価される。その日の会議なり打ち合わせなりでは、僕は何ひとつ提示できていないことになる。その証明として、<妖怪するりひょん>は「今後どのようにすればいいのかアドバイスをいただきながら検討」という表現を使うわけだ。こっちとしてはその日の助言・提言こそが全てというスタンスで臨んでいるのに、奴らが受け流すあまり、何ひとつ助言・提言がなかったという既成事実を作り上げられてしまうわけだ。

これじゃ、対価を受け取ることはできないや。

何より不幸なのは、お客さま方ご自身。助言・提言に沿って取り組んでいただければ、何らかの結果が出て一歩前進できるのに、奴らが受け流すあまり金言を見失い、結果的に何ら行動できぬまま、売上の向上も実現せぬまま、になってしまうからである。

こんな悲惨な状況が続けば、おまんまの食い上げ。早々に奴らを退治せねばならない。そう思った僕は、奴らに攻撃を仕掛けてみることにした。

「御社のウェブサイトにはユーザーの履歴を分析できるツールを導入したほうがいいですね。そうすれば、どこを改善すればいいか把握できますので!」
『そうなんですよねぇ~。ツールを導入しないとダメなんですよねぇ~』

ここで攻撃に出る。

「さっきから『そうなんですよねぇ~』って繰り返されていらっしゃいますけど、あくまで僕の助言・提言なのですから、そこは実施の可否を是非ともご検討いただきたく」
『そうなんですよねぇ~。結局、繰り返しちゃうんですよねぇ~』
「いやそういう意味じゃなくて、妖怪するりひょんさんが、さっきから受け流していらっしゃいますよね、僕の助言・提言及び金言を」
『そうなんですよねぇ~。受け流しちゃうんですよねぇ~』

ダメだ。森羅万象その全てを受け流す術を身につけていやがる。奴にはダメージを与えることができない。この攻撃手法は諦めるしかない。よろしい、ならば最終手段だ。
それは、<妖怪するりひょん>という存在やその所為を、目の前で対峙する厚顔無恥な<妖怪するりひょん>に対して披露してやろう、という作戦だ。

「他の会社さんでも助言・提言させていただくんですが、するりとかわして受け流される担当さんも多いんですよ」
『へぇ~。そんな方、いらっしゃるんですね。ややこしい方ですね──』

ダメだ。完全に敗北した。奴ら自覚がないんだ。普段、自分がやっている「受け流し行為」を映し鏡のように語ってあげても、他人事として涼しそうに聞いていやがる。これじゃ勝てない。勝てる見込みはない。

こうして今日も報酬がゼロの仕事が続き、<妖怪するりひょん>を恨みながら安酒で酔っ払う。いつかいつの日か、悪しき妖怪を退治できる日を夢見ながら、今宵もお客さまへの極上の助言・提言、そして金言を練りに練るのであった。

『デタラメだもの』

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