見出し画像

『古事記ディサイファード』第一巻013【Level 3】京都(1)

【Level 3】京都


友よ、私の見た夢の話を聴いてくれ。そして、その解読を手伝ってくれ。この夢は依然として謎なのだ。

  ニーチェ『ツァラトゥストラはかく語りき』
                - 預言者-より



 次にもう一カ所ローカルな規模での典型的な例を挙げてみよう。

 筆者の体験談を話し出すと出生時の謎からこの原稿を書いている今現在この瞬間リアルタイムで起きている不思議なことまで全く際限がない。
 その殆どがなぜか古事記の暗号に関係しており、それだけで何冊かの本になってしまう。
 本書ではいくつかだけに限って手短に書かせていただくことにしよう。

 筆者が古事記の暗号を本当に解読するミステリー小説を書こうと決意した途端、妻が夢に霊告を受けた。
 妻にはそのプロジェクトのことを一切話していなかった。
 1996年5月12日午前9時半のことだ。
 朝目を醒ますと妻は出し抜けに不思議なことを口走ったのだ。
 その記録をそのまま小説に書いたのだが、その部分を引用し、主人公の名前を筆者、時空(ときそら)に置き換えて以下に抜粋引用する。妻の名前を小説原稿のまま仮に麗桜(れお)とする。

 これはフィクションではなく、実録である。

  *  *  *


 麗桜は夢を見ている。そして、自分が今夢の中にいるのだということをおぼろげながら自覚している。
 札幌ではごく珍しい濃霧のせいで、遠くのビルほど霞んで見える。見慣れた風景がいつもと違ってとても立体的だ。エキゾチックな新世界で、麗桜は鳶色のコートの襟をたて、寒さを我慢してもうしばらく家の外にたたずんでいようと思った。リラ冷えの空気も心地よく、桜や林檎やライラックの花がしっとりと露に濡れてなんとも言えない甘い香りを放っている。早く時空と二人きりになってこの霧の中を散歩したいのだが、彼は白く霞む街灯の下で四人の仕事仲間達と一枚の写真を見ながら何やらひそひそと話し込んでいる。麗桜はその写真がとても気になって、時空に声をかける。
「ねえ、さっきから何の写真を見てるのよ?」
 時空は振り向いてそれを麗桜に手渡す。
「これだよ。俺が前に行ったことのある山なんだ」
「ヤマ?」
 麗桜はいぶかしげにその写真を覗き込む。
「山がどうかしたの?」
 時空は無表情で黙っている。
 ヤマ……。
 それはこんもりとした綺麗な円錐形の山を斜め上から俯瞰している写真だ。上、右、左の三方を他の山が囲んでいて、頂上には大きな岩があるのが見える。そして、その下には赤い物が……花か何か手向けられた物のようだ。ここはとても信仰され崇められていると麗桜は直感した。何故だろう。ただ、そう感じるのだ。しかし、人の姿は写っていない。
 一瞬、岩が白い光を発したように見えた。ケルト十字のような形の光。その残像が消えぬうちに、フレームの右下に白みを帯びた大きな二つの文字が鮮明に浮き上がって見える。

  生 山

 不思議なことに、その二文字は映画のタイトルのようにすうっと浮かび上がるように現れたのである。それまでは無かったのに。
 麗桜は口を動かしてその字を読もうとした。正しい読み方がわからなかった。
「ウブヤマ……セイザン……?」
 彼女がその文字の意味を考えているうちに、右手の方がにわかに騒々しくなる。いつのまに現れたのか黒いコートを着た数人の男達が、麗桜の家に入ろうとしてドアのノブをガチャガチャと回しているのが視野の片隅に入る。
「ちょっ……ちょっと……こんな時間に人の家に勝手に入らないでよ」
 そう制しながら腕時計を見ると九時二十五分だ。
 一人が麗桜に向きなおり、冷たい金属的な靴音を響かせながら歩み寄ってくる。顔がよく見えないが、
妙に白くて無機質な感じがする。
「だってこれを渡さなきゃ」
 彼は奇妙なほど冷静で機械的な声でそう言うと、白い紙切れをぎこちない手つきで差し出す。人工的に合成したような声。麗桜がそれを受け取ると彼はそのまま回れ右をし、他の男達と一緒に家の壁に沿って霧の中へ去っていく。どうやらその紙を手渡すことで目的を達したらしい。
「なあに、あの人達……」
 時空達は黙って彼らの消えた方角を見つめているだけだった。麗桜は受け取った小さな紙きれを街灯の明かりにかざして見た。そこにはただ意味のわからない点が並んでいる。

  ・・・・・・・・・ ・・・・・・
  ・・・・・・ ・・・・・・
  ・・・・・・ ・・・・・・
  ・・・・・・ ・・・・・・
  ・・・・・・ ・・・・・・
  ・・・・・・ ・・・・・・
  ・・・・・・ ・・・・・・
  ・・・・・・ ・・・・・・
  ・・・・・・ ・・・・・・
  ・・・・・・・・・ ・・・・・・

「何なの、これ……?」
 請求書か何かだろうと思ったのだが、どうもそうではないらしい。裏側には何も書かれていない。そして、なんとなく不思議な気配を感じて空を見上げたとき、麗桜はぎょっとして凍りついた。
 空に満月が二つ並んでいたからである。
 二つ……?
「えっ……」
 三つ、四つ……。
「そんな馬鹿な……」
 満月は八つまで増えていった。

 カーテンが風に揺れ、差し込んできた光が瞼を刺激する。白い天井が見えた。目が覚めた。心臓がどきどきと暴れていた。
「なんだ……夢だったのか……」
 目覚まし時計は九時二十八分を指している。鮮明で不思議な現実感が尾を引く。まるでこの瞬間まで実際に体験していたような強烈な錯覚に陥る。ふと左側を見ると時空は先に目を覚ましていたらしく、ぼんやりと宙を見つめている。窓の外で八重桜が枝からこぼれ落ちそうなほど満開で、その横に薄紫色のライラックが重なるようにして咲いていた。見事だ。同時に咲いているなんて珍しい。
「ねえ、ウブヤマっていう山、北海道にある?」
 麗桜が唐突に訊いた。
「え? ウブヤマ?」
 時空はきょとんとして黙っていた。しばし首をひねって考えるが全く心当たりがない。
「いや、聞いたことないな……どうして?」
「変な夢を見たの」
「どんな?」
「文字が出てきたのよ。はっきりとした映像なの」
 麗桜は慌ただしくベッドから降りて電話器の横からメモ用紙と鉛筆を持ってきた。
「夢の中に、山の写真が出てきてね、その写真の上に……」
  生 山
「こういう漢字が現れたのよ」
「ああ、さっき寝言を言っていたのはこれだったのか」
「え……私、寝言いってた?」
「うん。ウブヤマ、とか、セイザンとか……」
「そう、夢の中で、なんて読むのかなって思って口に出して読んでみたのよ。その山の頂上に岩があるの」
「え? 岩?」
「大きな岩……とても信仰されていて、崇められているのよ」
 時空は起きあがって不思議なことを口走る麗桜の顔をまじまじと見つめた。
「岩……その岩はケルト十字の形の光を発したんだろ?」
 麗桜ははっとして時空を見た。
「……どうしてわかったの?」
「えっ、ほんとにそうなのか?」
 時空が眉根を寄せる。
「うん」
「なんとなく、今、そう思っただけだよ。なぜそんなふうに思ったのか、自分でもわからない……口をついて出てきたんだ」
 二人は互いの目をのぞき込んでしばらく茫然としていた。
 そして彼女はもう一枚の紙に点の羅列を書き並べ始めた。
「なんだい、そりゃ?」
「これも今の夢に出てきたのよ」
 ヤマ……。
 奇異な感覚に包まれ、二人はしばし床の上でぼんやりと考えていた。
 生山……
 ウブヤマ? イクヤマ?
 時空はその山がどこかに実在するような気がした。
 
(つづく)

※ 最初から順を追って読まないと内容が理解できないと思います。途中から入られた方は『古事記デイサイファード』第一巻001からお読みいただくことをお薦めいたします。

※ 本記事の内容の第三者への無断公開、無断転載を固くお断りいたします。場合によっては法的な措置をとらせていただきますのでご注意ください。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?