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難病営業マンの温泉治療㉞【姥湯・日本一の絶景露天風呂】

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 最後のコンビニを過ぎてから、もう一時間程経過しただろうか。まだ到着しない。米沢方面から国道13号を逸れ、一本道に入る。アスファルト舗装こそあるものの、対向車とはすれ違うことが出来ない狭路が永遠と続く。

 最大22度にもなる傾斜も存在する隘路、痛々しく車底抉ったであろう路面、ガードレールの擦り傷の数々。途中切り返しスペースのあるヘアピンカーブさえ登場する。ペーパードライバーでは残念ながらそこには辿り着くことが出来ないだろう。
 時折対向車が来る。最長で200mほどバックし道を譲る。湯に満たされた者、これから絶景を楽しむ者、不思議と連係プレーはスムーズで心地よい。路肩に寄せてアイコンタクト。

 「ありがとう あなたも温泉好きなのですね」

 やっと駐車場が見えてきた。ずっと圏外だった電波は宿に近づくと電波は4本立っている(au)。こんな山中でもテレワークが出来るのか、、まずそれに驚愕した。 

 ここに来ることを決めたのはわずか3日前のこと、元々旅程には入れていなかった。二の足を踏んでいたのはこの道、運転問題だ。数週間前までピークだった全身痛とそれに伴う神経疾患。注意力を欠いた運転、もしわずかなハンドル操作のミス、対向車への反応に遅れたら、谷底へ・・・

 約1ヵ月の湯治期間を経て、健康状態はかなり落ち着いていた。今ならきっと行ける、そう思えたのだ。粉骨砕身決死のドライブは米沢から70分、標高1,300mまで到達した。

 駐車場から宿までは更に10分程の山道を歩く。こちらもなかなかの急坂だ。2か月前の自分であれば、途中諦めていただろう。
 
 やっと到着した宿【姥湯温泉 桝形屋】

 ”よくまあこんなところに宿が建てられたな” ”資材はどうやって運んだのだろう” 
 ログハウス風の旅館が近づいてきた。超絶秘湯にありながら外観はかなり清潔感がある。受付で入湯料600円を支払い更に階段を上る。混浴絶景風呂まではもう少し。闘病中に湾曲してしまった左足の痛みは限界に来ている。だが、やっと着いた。


 赤茶色の岩峰にブナやヒバの新緑、晴天と美麗な高積雲、青みがかった乳白色の湯が一枚絵で飛び込んで来た。ここが本当に日本なのかと見紛うような圧巻のスケールに思わず感嘆を漏らした。
 
 「また来れた」

 4年振りの訪湯。昨年の入院以降、もうここには来れないかと思っていた。運転中の緊張、全身の痛みを解く超絶景に湯に入ることすら忘れ立ち尽くす。日本全国回り切れてはいないが、マイベスト絶景温泉は、間違いなくここだ。


 さて湯はどうか、誰でも「絶景露天風呂」と聞いて高揚しないものはいないだろう。だが、源泉を入りつくした温泉マニア達は必ずしもそうではない。
 絶景”ありき”で造られた浴槽。元々湧くはずのない湯を、小高い丘にポンプで汲み上げ、加水・加温・濾過循環・消毒液のオンパレードで配湯。入った瞬間鼻をつまみたくなる消毒臭に、ピリピリとしたプールの様な肌ざわり。
 「ガッカリ感」満載の展望露天風呂は、必ずしも良い物とは限らないのだ。どことは言わないが、絶景を売りにした都内からアクセスも良い施設。
 私は鼻が曲がりそうなほどの消毒液臭に耐えられず、身体に纏わりついた湯を洗い流し、一人脱衣所で仲間が出てくるのを待っていた。源泉に入るほど、その匂いには敏感になるようだ。
 

 だが姥湯は違う。惚れ惚れしそうな美しい湯は、酸性・含硫黄・鉄 (Ⅱ )一 単純温泉。これらは温泉分析表上「特殊成分」と呼ばれるもの。酸性硫黄はアトピー性皮膚炎に適応が認められ、含鉄泉も希少泉質で飲泉すれば鉄不足などに適応がある。それぞれ個性をしっかりと主張する本格派だ。
 この岸壁の湯口6ヵ所から出る豊富な源泉は、1本を浴槽に送り残りは川に捨てているという贅沢さ。短時間でキッチリと効かせることに成功した。

 鉱山師だった宿の初代主人が金脈を求めてこの地に来ると、赤ん坊を抱いた山姥が温泉に浸かっていた。鬼のような形相で「この温泉を守りなさい」と言ってその場を立ち去り、ご主人は湯守になったという。「姥湯」と名付けられた所以だ。良泉には、必ずと言ってよいほど開湯伝説が残る。
 
 こちらの宿は素泊まり不可なので宿泊は見送ったが、1泊2食付で1万4千円ほど。これだけの別天地であればリーズナブルな宿だと思う。大切な記念日にでもいつか宿泊で訪れたい。
 強烈な離愁に駆られ予定時間を大幅に上回る入浴。後半一緒になったのは埼玉から福島に転勤になったという30代の男性。東北に来たならまずはここへ行ってみな、と同僚に勧められてこちらへ来たのだという。
 
男性  「どちらからですか?」
私   「私も首都圏から」
男性  「温泉お好きなのですか?」
私   「まあ、割と好きな方ですかね」
男性  「私は○○○○〇温泉(超有名日帰り施設)も結構好きです」
私   「で、、ですよね。あそこも絶景ですものね」

 「でも、、そこの湯は湯量不十分のため循環湯。消毒液が強すぎて入れませんでした」、とは言えない私であった。   
 
 温泉の楽しみ方は人それぞれ。

 
                           令和3年6月2日

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