春の東北湯治③【私と温泉とワーケーション】

ヨシタカ

2022年4月23日 06:47

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　日曜の夕刻のこと。私が自炊場で調理をしていると、一人の女性が横に立った、明らかに自分よりもお若い方だ。慣れない手つきで調理道具を探す彼女、その佇まいから初訪の様に見受けられた。

　炊事場では挨拶は基本。「どちらからですか？」、「初めてですか？」、大体こんな会話が端緒となり親交が深まったりする。

　余談だが湯治場での美談として語られることの多い「お裾分け」。
私の経験上、このご時世とあり1～2度風呂場で顔を合わせたくらいではまず発生しない。ましてや部屋で同卓を囲み、ご相伴にあずかることなど現代では不可能と言ってよいだろう。

　毎日自炊し調理場に立つことで、「若いのに大変だね」「たくさん食べないと元気が出ないよ」そんな話の中から流れから波が立つ。最初はリンゴやキュウリ、トマト1個からというレベル。やがて「余っても勿体ないから」と、煮物や鍋をいただく。

　
　以前年末に高東旅館で出会ったMさんはコミュニケーションお化けのような方だったので、初日には鍋をいただき翌日には一緒に焼肉へ。その後もカツ丼、年明けに再びの焼肉へと。これはかなり稀な例だ。

　閑話休題

　神奈川から来ているというAさん。
今回が初の鳴子で、高東旅館で2泊、その後他の宿も回り1週間ほど滞在するそうだ。彼女も遠隔勤務が容認されており、仕事をしながら過ごすという。

　よくよく話を聞くと彼女も私のブログの読者で、ワーケーションの拠点として高東旅館を選んだそうだ。

　「ご本人ですか？」「ずっと見ていたんです」「犬の散歩をする回（増富温泉）、好きなんです」。嬉しいを通り越して少々恥ずかしかったが、高東旅館で会社員が2人同時に稼働する日が訪れたことは感慨深い。

　既知の通りだが、この2年間の疫病拡大による旅館業のダメージは深刻なもので休業や廃業があとを絶たない。国を挙げた救済政策により回復を見せたとしても、それはあくまで一時的なもの。この2年の累損を回収できるものではない。

　倒れてしまって困るのは経営者だけではなく、全国の温泉ファンや湯治を必要とする患者達だ。これから土日は以前のような賑いが戻るかもしれないが、旅館業としては平日の稼働を上げることが喫緊の課題。

　私の記事が導入となり、「温泉で仕事」という選択をしたAさんとの邂逅は、私にとっても嬉しい出来事だった。

　そう言えば先日、ワーケーションを事業として推進しているとある企業の方と話すことがあった。堅苦しい内容ではなく、雑談ベースでワーケーションについてお聞きしたいというオーダーだった。
　優秀なキャリアを持ち、年下の私に対しても丁寧な対応をされる方だったので、ざっくばらんにお答えをした。勿論、善意の協力。

　終始穏やかに進行し、「私のワーケーションは湯治の延長線上にあり、あまり参考にならないかも知れません」と最後に添えて終話した。

　
　以前から記事をご覧の方はお分かりいただけると思うが、私の湯治は少々エッヂが効いている。持病がある上で一会社員、晴耕雨読できる身分ではない。

　道の空いている時間帯に車で移動。湧水をポリタンクで給水し、時には農家や養鶏場にも足を運ぶ。生産者に少しでも近く、そして安いところから食材を仕入れ自炊生活。緑と水の綺麗な場所で、源泉さえ良ければ時には一泊2千円のボロ宿で雨露を凌ぐ。たまに昼に外に出るとＢ級グルメで腹を満たし、その日の晩は抜くという具合だ。

　観光などは一切せず、ひたすら湯と向き合い身体の回復を図る。
アクティビティや地元の方との触れ合い、星付きシェフの創作料理がパッケージされたワーケーションのプランとは懸隔な仕上がりになっている。
　一般受けするとは思えないが、会社員にとっては2食付の連泊は懐的に由由しき問題であることは間違いない。

　食事を終え炊事場で食器を洗っていると、Aさんとまた再会した。

　「ここのお米と御味噌汁、凄い美味しいです」
　「こういうのでいいんですよね」

　高東旅館が現在出している「Ｌｅ‘ｓ　Ｇｏ　湯治プラン」は、朝晩ご飯と味噌汁が付いて4,500円（税込）ほど。それも廉価品ではなく、ご主人が裏の田んぼで植えた一等米と、女将さん手作りの味噌汁。

　Aさんはマスクをしていて口元は見えなかったが、愁眉を開いた目元がニコっと笑った。

　この日の夜、前日寒すぎて諦めた夜桜をAさんと見に行った。ライトアップの企画をしたのも、高東旅館のご主人だという。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　令和4年4月21日