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源泉回顧録【夏の福島① 湯岐温泉 】

※こちらの記事は2020年夏の日記を元に加筆修正したものです。
 
 2020年も折り返し。緊急事態宣言が出されてからの体調は明らかに悪化していた。元々は外出が基本の営業職、毎日の通勤や出先への移動はほど良い運動として機能していたのかもしれない。
 
 適性次第だろうが、全身痛を抱える私にとってテレワークは大きなストレスとなり、痼疾を悪化させることとなった。
    座っているだけで背中に痛みが走り、次第に肩や頭痛に回る。投薬すれば集中力が落ち、特に午前中は目に見えて生産性が悪く自己嫌悪に陥る。無限ループから抜け出せず、趣味の温泉巡りもこの状況では控えざるを得なかった。
 
 6月に入ると県外移動も解禁され、多くの温泉街も営業再開を果たしてた。いよいよストレスに耐えられず3日間福島へと旅立つことを決めた。私の場合は基本が一人旅の素泊まり、向かうのは人里離れた寒村地の湯治場。地元のスーパーに行くよりよほど三密回避ができる。
 
 
 まず向かったのは栃木県と福島県のお県境に位置する湯岐(ゆじまた)温泉。開湯400年の歴史を誇る湯治場を目指した。全国的な知名度が高いとは言えないが、幕末や明治時代には旺盛を誇り、漁業関係者が閑散期になるとこの地へ湯治に訪れたという。

 
 常磐道を経由し、一部区間「そば街道」とも呼ばれる349号を北上していく。福島県最南端、水郡線東館駅から東へ10キロ進むと結構な秘湯感が漂い始める。

 県道からヘアピンカーブの急坂に入ると、剪定が間に合っていないのか両サイドの木々が野放し状態に。365日営業しているという風聞を信じここまできたが、廃業していないかが気になり始める。1200㏄のチビ車だが時折ボディを枝葉が掠める。坂を上り切ると少し開けた場所に出た。 

 あったあった、「山形屋旅館駐車場」の看板。駐車場には既に車が一台、ナンバーは「1126(イイフロ)」。秘湯を巡っていると年に10回ほど実現する「1126」の競演。何故か嬉しくなり、どれだけで広い駐車場だろうと横付けしたくなる。相手もきっと喜ぶだろう(と、勝手に思っている)。

 湯岐温泉には3件の旅館があるが(1件は廃業)、その中心にあるのが共同浴場「岩風呂」。山形屋旅館が管理しているようだ。この湯こそ全国でも貴重な「足元湧出泉」。
 
 岩の底からポコポコ上がる源泉は、一切空気に触れることなく浴槽を満たす。酸化・劣化しない湯遣いは言わば温泉の究極の理想形だ。宿泊施設と日帰り合わせ2万近くの温泉施設が日本には存在するが、同系の湯遣いは全国でも30カ所ほどと言われている(※出典元や専門家によって数字が異なる)。

 宿のご主人に300円を渡し、早速湯小屋へ。戸を開けるとすぐにガラス戸の仕切りがあり、浴場が見えた。有難いことに誰もいない、独泉に成功する。小屋の中には5人程で一杯になる混浴内湯が1つのみ(※女性専用時間帯あり、湯あみ着着用可)。天然の岩をくり抜いた浴槽だけに、改築増築はできない、混浴にせざるを得ないのだろう。

 足元が岩だけに深さも不均一、最深部は1m近くはありそうだ。源泉温度39度、強アルカリ性ph9.6の単純温泉はとろみを帯びた超美肌泉質。温湯とあり疲れが来ず、宇宙空間を愉しむように脱力。
 閉眼し、バキバキに固まった全身に温熱効果と湯圧効果をキッチリと効かせる。1回あたりの入浴時間の目安は1時間と決められており、60分ギリギリまでいただいた。 


 それにしてもあまりにも美しい湯船。底のモルタルの反射もあってか見事な空色に惚れ惚れしてしまうほどだ。幸い独泉だったため、宿に一度戻りご主人に撮影の許可を取りに行く。少々面倒だが、浴場にカメラを向ける際は念のため。
 
 温泉を愛する一人として、”湯口を独占しない”、”カメラは無許可で持ち込まない”、”十分にかけ湯をする”、などは徹底するようにしている。
 だが悲しいほどに悪化する利用者のマナー。過去に数度、とある混浴で警察の出動騒ぎに鉢合せたこともある。若者たちが静かに入っているのに、バカ騒ぎをし、スマホで撮影を始めるのは何故か中高年ばかり。怒りを通り越して哀情すら覚える。
 
 ”この人たちは本当に温泉が好きなのだろうか?”
見るに堪えない惨憺たる光景は酷化の一途を辿っているのが現状。
これからも入浴マナーの研鑽を怠らぬ様注意したい。


 ご主人に他の客がいないことを告げ、許可をいただきスマホでワンショット。過去には撮影したくても、気持ち良く入っている他客の邪魔だけはしまいとシャッターチャンスを逃した浴槽は数知れず。

 カメラの心得はないが、いつか再訪し一眼レフで納めたいと思うほど、湯岐温泉の岩風呂は美麗泉だった。この日は晴れ間も覗き、窓から差し込む陽が水面を煌めかせた。
 決して豪華な造りではない300円の共同浴場。歴史と伝統がその美しさを演出しているようだ。


 ”しまった、ここに宿泊すればよかったな。”
山形屋旅館は素泊まり不可、隣の和泉屋は受けてくれることを後に知った。
 女性専用時間帯が始まる14時を前に湯岐を発った。次に向かったのは「いわき湯元温泉」。
 
                           令和2年7月


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