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難病営業マンの温泉治療⑲【鳴子湯治回想 鬼首~分水嶺】

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※この日記は数年前、宮城県鳴子温泉郷にて1週間の湯治を行った際に記したものです。

 高友旅館を出て、続いて挑んだのは鳴子温泉郷北端の鬼首(おにこうべ)温泉のとある旅館。2度目の訪湯だ。こちらの代名詞は混浴露天風呂の川風呂。3メートルほどの高さから落ちる滝壺へ、砂利を踏みしめながらの浸湯。

 湯底からは約80度の源泉が湧き出ており、川と混じり天然の露天風呂となる。冬季は勿論封鎖、大雨が降れば入湯することはできない。まさに大地の産物。30度に迫る好天の中、ワイルド系川湯の拝湯に有頂天外だ。


 だが、旅館の駐車場に着くと何やら様子がおかしい。やけに混雑している。たまたま空いた一台分のスペースに車を止め、ご主人に湯巡りシールを渡し浴場に向かう。脱衣所入口に散乱するスリッパの数々。
 2年前にほぼ同じ時期に訪れているが、その時はおじさん1名と女性1名の3人だったはず。しかも子供がやけに多い。一組の親子に声をかけた。

私   「すいません。どちらからですか??」
男性  「新潟からです。キャンプの帰りに。みなさんキャンプの帰りだと思いますよ」

 迂闊だった。ここから車で5分かからない場所に東北最大級「吹上高原キャンプ場」があることを私は知らなかった。コロナ自粛も規制緩和が進む中、この4連休込まないはずがない。500台の駐車場も満車になるほどの賑いだったという。
 
 家族での楽しいキャンプ、大自然の中で気持ちが開放的になるのは不可抗力としか言いようがない。恐る恐る内湯から外を覗くと、親御さんに混じりやはり奴らがいた。

 この日を待っていたかのようにペットボトル片手に湯を陣取る「ワニ軍団」(※療養や湯を楽しむことを目的とせず、混浴で覗き行為をすることを趣味とする湯族。所謂のぞき)。軽く見積もっても5匹以上はいる。

 あまりの気持ち悪さに一瞬開けたドアを閉め、内湯に数分入り退館した。

 多様な源泉が湧出する鳴子においても、温く肌に優しいアルカリ泉質は貴重な存在だ。鳴子では多くの源泉が高温で成分も強い。川と混ざり30度後半になるこの湯はかなり多湯するつもりでいた。2時間~3時間の長湯、「困った時の鬼首」という心持でいたほど。この様子では連休明け(23日)まではここには来れない。

 今まで幾度となく快浴を邪魔されてきたワニ軍団。本当に今湯治を必要としている私にとって、これほどまでに奴らを憎んだことはない。


 福島の飯坂温泉、宮城秋保温泉と並び奥羽三名湯に数えられる鳴子。自粛疲れから温泉旅行を計画する人も多いだろう。こちらは観光で来ているわけではない。同じ料金を払うのであれば人気のない静かな場所で湯治に集中したい。
 
 余計なことに頭は使いたくなかったが、メイン処の鳴子駅周辺や鬼首では十分な休息は期待できない。翌日朝5時半の散歩中に行程を練り直した。悩んだ末、当初は予定していなかった山形県「赤倉温泉」へ向かうことに。

 鳴子温泉郷から出たくはなかったが、「湯巡りチケット」には、何故か山形県の赤倉温泉と瀬見温泉も含まれていた。JR陸羽東線、通称奥の細道湯けむりラインの延長線だからであろう。

 気を取り直して宮城と山形の県境にある赤倉温泉へ。日本秘湯を守る会所属の「三之亟」に3年振り2度目の訪湯。開湯1,000年を超すこちらの源泉のメイン風呂は混浴「天然岩風呂」。初代館主が巨大岩を手彫りで刳り貫いたとされる浴槽は、確かに湯底の深さ形は不均一だ。
 
 浴場を覗くとこちらも予想的中、これと言った名所もないこの地には観光客の足も向かなかったようだ。夫婦が1組と男性が2名しかいなかった。浴槽が3つに分かれ温度がそれぞれ違う。前回は温くて長湯をした記憶があるが今回は激熱だった。日によって温度が違うのもかけ流したる所以。

 
 2両編成の陸羽東線を縫うように今度は鳴子方面へ戻って行く。途中気になる看板を発見し寄り道。県境にある「分水嶺」だ。日本列島を切り裂くように様に走る分水界、実際に現物見るには初めての経験だ。鉄道も走るこの地は標高330mだと言う。

 北の山から流れてくる清流はT字に分岐にぶつかり、ちょうど均等に左右に分かれる。左は日本海、右は太平洋へ。清流は本流に吸収され出世魚の如く河の名前を変えた後、両者が再び出会うのは100キロ先の大海原だ。

 「この湯治は成功するだろうか?」

 ぼうっとそんな思いが頭を過った。本日が湯治3日目、4日を超える同地滞在は未知の領域だ。

 湯治の基本は7日間一回りが基本。好転反応・めんげん反応と呼ばれる一時的な体調不良が訪れるのが3日目頃。そこでもし大きく体調を崩すようであれば入湯を控えるべき、つまり湯が身体に合わないことを意味する。川を前にして願を懸ける。

 「頼む、成功してくれ」

 足元で二分される清流を眺めながら、まるでこの湯治の成否を占うかのようだ。


                           令和2年9月21日

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