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【小説】俺と彼女と49人の女たち/プロローグ Part2

 中学を終えると俺は県立の進学校に進んだ。
 進学校といえば聞こえはいいが、進学率100%にするために生徒の三分の二を周辺のF欄大学に押し込むような、そんな学校だ。

 そうそう、件のタップリ嬢からのラブレターの顛末てんまつを話しておくと、手紙以降、彼女とは一度も話すことなく卒業を迎えたのだった。いや待て、そもそも手紙をもらう前だって話したことなどなかった。なんせ給食を食べるだけで惚れさせた俺だ。だが断じてモテていたわけではない。

 高校での俺の第一の目標は、彼女を作ることだった。相手がどうこうではない、とにかく「彼女」という存在を持つことが大切だったのだ。そこに愛などなくてもいい、いや愛がないことにさえ気付かない、それが男子高校生というものだった。相手にはいい迷惑だが、女子高校生にも少なからずそうした考えのやつがいることを、今の俺は知っている。

 ともかく、その機会は思いのほか早く来た。
 俺は中学時代の暗黒の一年半を猛省し、先手必勝とばかりにイメージチェンジを図った。理想とする姿は明るく、楽しく、オシャレで、自然に女子とも会話する、早い話が陽キャだ。「陽キャだ、お前は陽キャになるのだ!」そんな穴に入ることはなかったが、俺はとにかく高校デビューのために母親の友達がやっている美容院で髪を切り、ムースの使い方を覚えたのだった。

 だが俺の中の暗黒中学時代への恐怖は相当なものだったようで、その振る舞いは過剰になっていく。例えば入学早々、所属する部活を決めるにあたっても――ちなみに俺は弓道部に所属したのだが――理由を問われれば「女の子と一緒に部活できるから」と公言してはばからない。教室では口を開けば恋がしてー彼女ほしーの繰り返し。『写ルンです』で写真を撮っている女子あらばすかさず写り込み、現像(現像!)したら写真ちょうだいねーなどと話しかける。

 チャラ男の誕生である。

 弓道部への入部にあたって一つ思い出した話がある。各部活動の新入生勧誘に際しては、全体に対して体育館のステージでアピールする全体集会と、その集会で興味を持った新入生が実際に部活の見学に訪れる部活見学の二段階があった。
 当時の俺の部活動選びの基準は言うまでもなく、モテるかどうかだ。なにしろ中学時代は美術部所属。モテようはずがなかった。そして三年間の美術部所属が故に、サッカー、バスケといった花形運動部に入ることは体力的に死を意味する。俺の中で弓道部は、モテそう、かつ(運動量的にも上下関係的にも)厳しくなさそうという理由で、すでに不動の第一候補であった。
 俺は念のため、弓道部の見学に行った。そしてそこで女神に出会った。

 彼女のことはN先輩としておこう。見学の日、数多の新入生の前で的前まとまえに立ち、しなやかな所作で弓を射るN先輩のはかま姿は凛として美しかった。
 N先輩の披露した射はいわゆる座射ざしゃというもので、的に対して横向きに対する。それを後ろから見る俺たち新入生は、いきおい彼女の横顔を見ることになるのだが、その横顔がいけなかった。
 肩上の長さで切り揃えられた真っ直ぐな黒髪は濡れたように艶《つや》やかで、美しい丘陵を描く額から少し下膨れ気味の頬から顎のラインへとなだらかに降りる。少したれ気味のくりくりとした瞳は真剣な色をたたえ、やや低めの鼻梁びりょうは美しさと可愛らしさを絶妙に調和させていた。
 袴からのぞくうなじはあくまで白く、十六歳の肉体の内圧を表すかの如く張り、白い皮膚をより薄くしているようだった。

 見惚みとれるうちにいつの間にか引き絞られたつるが先輩の手を離れ、びょうと音を立てた刹那、俺は弓道部への入部を決めた。

 N先輩がほとんど部活に来ない幽霊部員だと知ったのは、入部して二ヵ月が過ぎた頃だったわけだが。
 そういえば放たれた矢は見事に外れていた。

 ――閑話休題。

「彼女ができた話」をするはずだったプロローグPart2で思わぬ哀話あいわを披露してしまったが、こうして始まった弓道部生活が初めての彼女ができるきっかけになるのだから、何も関係ない話ではない。

 俺は弓道部で、のちに「生まれて初めての彼女」になるMちゃんと出会う。彼女は俺がひそかに目を付けていた可愛い系の女子で、俺は日々、積極的なコミュニケーションを実践していた。
 その効果が表れたのは、高校一年生の終わりがけのことであった。
 バレンタイン・デーにはチャラ男効果で13個もの義理チョコを得た俺だったが、その中にMちゃんからのものはなかった。しかしそもそも思春期以降で義理チョコというものを貰うのが初めてだった俺は舞い上がっており、そのことはまったく気にしていなかった。
 ふいにMちゃんから呼び出されたのはバレンタイン・デーから一ヵ月ほど過ぎた頃だ。階段の踊り場という謎の舞台設定ではあったが、俺は手作りチョコクッキーを受け取った。かわいくラッピングが施されたそれには手紙が付いており、俺のことが好きだということ、母親の入院でバタバタしてクッキーが二月十四日に間に合わなかったこと、今度デートしたいことなどがしたためられていた。

 結局このMちゃんとは初デートがラストデートとなり、挙句に“別の中学のサッカー部の田中”と名乗る同じ中学のサッカー部の男から、「彼女は俺(自称田中)と付き合いたがっている。潔く身を引いてくれ」という電話がかかってきて破局を迎えるという、よく分からない青春譚となったのである。

 とまあ、Mちゃんのことをプロローグでサラリと済ませてしまう程度には重要な出会いが、この後の俺に待ち受けていたのである。
 長くなったがプロローグとしては完璧な展開ではなかろうかと思うが、読者諸兄はいかがであろうか。

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