ま っ さ ら な 風 に の っ て
いつもと同じ時間に起きて
いつもと変わらない朝ごはんを食べて
ちょっとしっかりめにメイクをして
まだ涼しい空気の中を
いつも通りに出勤する。
今日は、最終出勤日。
胸の中の、
どことなくフワフワした感覚だけが
いつもと違っている。
結婚、退職、転居。
自分で決めたことなのに
今日でこの職場に来ることが最後なんて、
なんだか嘘みたいな気がする。
*
残業中に先輩がくれたカフェラテのあったかさ。
総力戦で乗り越えた3、4月の繁忙期。
メモを書き込んだオレンジ色のノート。
ひとりで勝手に思い詰めすぎて
心が真っ黒になった2年目の冬。
休職明けの私を
やさしく迎え入れてくれた係のみんな。
落ち込んだ日、たくさん笑った日、
悔しくて泣いた日、嬉しかった日。
それまでの毎日が
目の前に、次々と浮かんでくる。
そう思うと
胸がきゅっと小さくなった。
その反動みたいにして
目にじわっと涙が滲んでくる。
ロッカーのちいさな鏡を覗きながら
そう心に言い聞かせて、
私は制服の袖に腕を通した。
*
4:45 p.m.
同じ課の人たちが部屋に集まってくれて
最後の挨拶の場を設けてくれた。
ガーベラにカーネーション、
ミニ薔薇の揺れる花束を先輩が手渡してくれる。
私には勿体ないような鮮やかな色々の花束を
そっと胸に受け取ると、
ふんわりあまい香りがした。
その瞬間、必死に堪えていた気持ちが
一気に溢れて
私はボロボロ泣いてしまった。
*
心を病むほど嫌いだったはずの仕事が
いつの間にか、
離れたくないと寂しくなるくらい
好きになっていた。
それは紛れもなく
周りの人たちのおかげで。
みんなと働くことができたから
私はこの場所が好きだったんだと
改めてきづいた。
伝えよう、ちゃんと、
最後だから、ちゃんと、、
*
伝えたいのに
昨日から考えていた言葉が、
いま頭に浮かんでいるその言葉が、
喉に詰まって、声にならなかった。
それでも
涙だけは勝手に溢れてくる。
私はちらりと先輩の方を見た。
そしたら先輩は、やさしく微笑んで
大丈夫、と言っているみたいに
ゆっくりうなづいてくれた。
たぶんもう、
みんなと会うことは出来ないけれど
その分、
これから出逢う人たちに
恩返しをしよう
そして、
この場所を離れたことを
ぜったいに後悔しないように
胸を張って進もう
そう思った。
***
あらたな景色に出逢うため
私も、勇気をもって、
まっさらな風にのってゆこう。
これからもあたたかい記事をお届けします🕊🤍🌿