見出し画像

桜、綿あめ、夜の風



薄手のワンピースに
スプリングコートを羽織って
耳元には、ロゼ色の小粒なピアスを。
いつもよりちょっとだけお洒落をして
家を出ました。

今日は、主人と、
久しぶりのデートです。


仕事終わりの彼と
本屋さんで待ち合わせしてから
ふたり、バスに乗りました。
向かう先は先日満開のしらせがあった、
桜公園です。





ゆったりと
そぞろ歩く人波に合わせて
園内へ入ると、そこはもう花のみち

満開を迎えた桜は、
白い光にライトアップされて
夜空を背景に、燦々と明るんでいます。

昼間の顔とはちがう
しっとりと、幻想性を帯びた花。
一年に一度の花盛りを
謳歌するように咲く、花。

人々の表情は、
そんな花の下で、穏やかにほころんで
思い思いにこの空間を楽しんでいるのが
伝わってきます。
私たちも、時間を忘れて
桜色に身を浸すような心地で
園内を歩きました。

暫くしたところで
ひとやすみしようと
屋台で綿あめを買い、
ベンチに座りました。


「桜にまつわる思い出で、
なにか印象に残っていることって、ある?」
私はふと、彼に聞きました。


「ボクはおじいちゃん子だったから
小さい頃はよくふたりで
近所を散歩したりしたんだけど

おじいちゃんは、
桜が並んで咲いている所を通りかかると
『ちょっと休憩しよう』と言って
木の下で立ち止まって、しばらくの間
じぃっと眺めるんだよ。

そんなことが度々あったから
子供心に
今、おじいちゃんは
なにを思ってるんだろうなあって
気になっていたのを覚えてる。」


彼のおじいさんの
しわ深い笑顔が
目に浮かびました。

**

桜が咲いた。
それだけのことでさまざまに思いをめぐらせることがあるのは、やっぱりそれだけ歳月を重ねてきたからでしょうね。
若い頃は目の前のことに一生懸命だから、振り返るほどの思い出もまだそれほどはなかったりする。
季節のうつろいから感じるものがあるというのは、そういう意味では大人になってからの特権かもしれません。

歳月がくれるもの  田辺聖子

**

舌の上に
淡い甘さだけを残して
音もなく、儚く、溶けてゆく綿あめ。

夜風に煽られた桜からは、
柔らかい花びらが、ほろほろと離れて
それはまるで
できたての雪のように
目の前に、舞い降りてきます。



「同じ桜を見上げていても、
一人ひとり、桜の姿に想う景色は
違うのかもしれないね。」


彼のおじいさんが、桜に想っていたこと。
そのすべてを
推し量ることはできないけれど

咲き散る花に
しずかに思いを馳せる、
その眼差しはきっと

美しい、美しい色に満ちていた。

この桜を見ていると
そんな思いが、自然と
湧いてくるのでした。





この記事が参加している募集

今こんな気分

桜前線レポート

これからもあたたかい記事をお届けします🕊🤍🌿