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【日本酒記 その四】田酒 ばんや にて

 今回の投稿は、久々の日本酒記シリーズである。先日、怪異を訪ねて青森県に足を運んだ。去年の十月以来の訪問であり、意図せずまたしても同月の訪問となった。
 今回の遠出は、あるお寺にお邪魔してお話を伺うことが主な目的であったのだが、そちらでのお話はいずれ報告するときがくるかもしれない。今回はその前日の夜に訪れた居酒屋での日本酒についてのレビューを記したい。

 青森県内で私が過去に訪れたことがある場所は、青森市、弘前市、五所川原市である。今回は初めて八戸市で宿泊することになった。翌日に怪異を訪ねる目的で、とある場所を視察する予定があった為に、アクセスの都合が良い八戸市で一泊する計画を立てた。しかし、残念ながら、二週間ほど前に発覚した諸事情で予定を変更せざるをえなくなり、翌日に訪問予定だった場所には行けなくなったのだが、ホテルの宿泊予約は済ませていたので、酒場を訪ねて日本酒を迎え撃つ夜の目的は変わらなかった。

本八戸駅前

 本八戸駅から南へ下って徒歩十数分。道中では、拓けた八戸市の中心街がいつ姿を現すのかと疑いたくなるほど、飲食店はほとんど見当たらなかった。しかし、景色はやがて間隙を縫うように整備された交差点と横断歩道が目に付くようになっていく。気が付けば、私は街の中心となる八つの横丁に囲まれていた。
 海岸から近距離に位置する八戸市は、新鮮な海の幸が楽しめる中心街として、戦後、主に飲食店が発展した。その後は商店が立ち並び、さらに街は賑わいを見せて、八つの横丁が誕生した。みろく横丁、たぬき小路、五番街、八戸昭和通り、ハーモニカ横丁、長横町れんさ街、ロー丁れんさ街、花小路。街を彩る横丁には、郷土料理や大衆居酒屋定番のメニューを振る舞う店、寂れたように見えても味があり、未だに営業している様子のスナックやバーが多数ある。地元の人間から今では観光客まで、幅広い層を受け入れる街に、呑み屋の明かりが灯る少し前に到着した私は、仕込み風景の店を横目に歩いてみた。秋になると、東北の夕暮れは早い。眠っていた街が目を覚ました。

 私が向かったのは「ばんや」。一九六七年(昭和四十二年)創業の朔日町に位置する名店である。創業の三年前は、東京オリンピックが開催されたことで、日本は一つの節目として歓喜に湧いていたであろう時代だ。そんな最中に、奇をてらったり、前衛的な店構えを目指すわけでもなく、木造建築の庶民的な外観でスタートした店は、変わることなく今も佇んでいる。

ひっそり佇む老舗
意外にも交差点の角にある
角ばった木の骨組みが良い看板

 十八時開店だが、一時間前に到着した私。ばんやは予約不可であり、三十分前には店の前に客が待機するという。そんな話を聞いてはいたが、早すぎたようでしばらくして再び店前に戻ると、年配の男性が一人で並んでいた。車の交通量はそれなりに多い交差点の角に、開店前とはいえ外からは明かりがまったく見えない様子で、ばんやはそこにある。臨時休業ではないよなと思いながら、私もそろそろかと開店を待つ。

「お待たせいたしました」

 定刻通りに、中から若い男性店員が出てきて、玄関に暖簾を掛ける。そして私たちを迎え入れてくれた。

 室内は外観から見た想定通りでそれほど広くはなく、こじんまりした間取りが良い。左手に縦に延びたカウンター、右手にテーブル席がある。一升瓶が入った冷蔵庫が置かれた部屋の中央から真っ二つに、使い勝手によって左右に分けられた配置が簡潔だ。

ゾロゾロ入場する呑ん兵衛のみなさま
ガラス玉の照明が酒場のシンボルとなっている
値段が書かれたメニューは刺身のみ

 天井からはガラス玉の照明がぶら下がっており、明るすぎない酒場の雰囲気が既に私を酔わせるようだった。さて、日本酒を注文しよう。
 メニューを見ると、青森の地酒が並んでいる。そうだ。これを呑む為に来たんだ。予め決めていた酒は確かにあった。「田酒」だ。実は夏に大阪の居酒屋で呑んだことはあるのだが、半合ほどで味を確かめた程度なので、一合で戴くことは初めてだ。日本酒の口コミランキングが掲載されたサイト「SAKETIME」では、青森ナンバーワンの日本酒とされており、楽しみだ。この日は種類が特別純米しか置いていないとのことで、冷酒で一合注文した。以下に田酒の製品の詳細を記す。日本酒度と酸度は西田酒造店様のホームページから引用した(- densyu - >> Product information)。

瓶を眺めながら呑む幸せがカウンターにある
ラベル裏面

原料米 華吹雪
精米歩合 55%
日本酒度 ±0
酸度 1.5
アルコール度数 16度

 大きめの御猪口に注がれた田酒。見た目は無色透明。香りは僅かに甘さを感じる。多めに一口含んでみる。口当たりにも甘さを感じるが、爽快感がある。甘さ一辺倒ではなく、切れ味もあり、特別純米でも甘さは前に出ている。この日は純米吟醸がなかったが、他の種類に期待が膨らむ味であった。
 そして、同じく注文したお刺身三点盛りを合わせて食中酒としての相性を確認する。うむ。鰹と鯖のようにさっぱりした刺身には予想通り合う。初めて食べた蛸の白子は、鶏胸肉のような弾力があり、臭みはなく、やや渇いた口を田酒がスッキリさせてくれる。地元でもまたお目にかかりたい銘柄の候補となった。

お刺身三点盛り。左から鰹、鯖、蛸の白子

 東京から出張で来られたという私の隣に座っていた中年男性とも話が弾み、八戸の夜は更けていった。その後も酒と肴の注文を重ねて、ほろ酔いどころか、少々呑みすぎて反省をした私であった。しっかり歩いてホテルには帰れたので、まあ良しとしよう。必ず、また来ます。八戸。

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