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東京大学2021年国語第1問 『ケアと共同性―個人主義を超えて』松嶋健

 東大現代文の題材に医療福祉がとりあげられるのはそれほど多くない。問題文の趣旨は明確で、設問もひねったものはないため、素直に、かつていねいに論理関係を整理し、解答に反映させる必要があると思われる。

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(一)「ケアをする者とされる者という一元的な関係とも家族とも異なったかたちでの、ケアをとおした親密性」(傍線部ア)とはどういうことか、説明せよ
 傍線部アについては、第3段落に「すでに感染していた者たちは逆に医療機関から排除され、さらには家族や地域社会からも差別され排除されることになった」「孤立した感染者・患者たちは互いに見知らぬ間柄であったにもかかわらず、生き延びるために、エイズとはどんなものでそれをいかに治療するか、この病気をもちながらいかに自分の生を保持するかなどをめぐって情報を交換し、徐々に自助グループを形成していった」とあり、第4段落には「HIVをめぐるさまざまな苦しみや生活上の問題に耳を傾けたり、マッサージをしたりといった相互的なケアのなかで、感染者たちは自身の健康を保つことができた」とあり、さらに田辺氏のことばとして、「近代医療全体は人間を徹底的に個人化することによって成立するものであるが、そこに出現したのはその対極としての生のもつ社会性」が出現したとある。
 以上のことから、「医療機関からも家族からも排除された感染者同士が、病気に関する情報交換や相互的ケアの実践を通じ、社会性のある自助団体を形成したということ。」(68字)という解答例ができる。

(二)「『社会』を中心におく論理から『人間』を中心におく論理への転換」 (傍線部イ)とはどういうことか、説明せよ。
 第5段落では、「イタリアでは、精神障害者は二〇世紀後半にいたるまで精神病院に隔離され、市民権を剥奪され、実質的に福祉国家の対象の埒外に置かれていた」とあり、その理由は「精神障害者は社会的に危険であるとみなされていて、彼らから市民や社会を防衛しなければならないと考えられていたから」だとされている。
 第6段落では、「こうした状況は、精神科医をはじめとする医療スタッフと精神障害をもつ人びとによる改革によって変わって」いったとあり、具体的には、「最終的にイタリア全土の精神病院が閉鎖されるまでに至る」。そして、それは「医療の名のもとで病院に収容する代わりに、苦しみを抱える人びとが地域で生きることを集合的に支えようとするもの」とされている。
 以上のことから、「危険視され市民や社会の防衛のために隔離されていた精神障害者が、改革後は地域で生活できるよう集合的に支えられるようになったということ。」(66字)という解答例ができる。

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