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東京大学2022年国語第4問 『影絵(ワヤン・クリット)の鏡』武満徹

 第4問では随想がとり扱われることが多く、著者も圧倒的に詩人をはじめとする文筆家が多いが、今回のように他の分野の芸術家が採用されることもある。これまでには、写真評論家、演出家、映画監督などがいた。本問においては、著名な作曲家である武満徹である。

問題文はこちら

(一)「私のひととしての意識は少しも働きはしなかったのである」(傍線部ア) とあるが、それはなぜか、説明せよ。
 第5段落中には、「巨大な火口は、私たちの空想や思考の一切を拒むもののようであった」「どのような形容をも排けてしまう絶対の力をもっていた」「私は言いしれぬ力によって突き動かされていた。あの時私の意識が働かなかったのではなく、意識は意識それ自体を超える大いなるものにとらえられていた」「私は意識の彼方からやって来るものに眼と耳を向けていた」などとあり、このあたりが理由であろうと考えられる。
 問題は「意識それ自体を超える大いなるもの」「意識の彼方からやって来るもの」が何であるかである。
 第10段落にも「意識の彼方からやってくるもの」ということばがある。それは影絵を演じる老人について「ワヤンの口を経て老人は、自分自身のためにそして多くの精霊のために星の光を通して宇宙と会話しているのだと応えた。そして何かを、宇宙からこの世界へ返すのだと言ったらしいのだ。たぶん、これもまたバカラシイことかもしれない。だがその時、私は意識の彼方からやってくるものがあるのを感じた」という部分である。
 これに対し、人間については、第2段落に「知的生物として、宇宙そのものと対峙するほどの意識をもつようになった人類」と表現している。
 「バカラシイ」も、第6段落と第7段落において、この火口の光景について述べたくだりで登場することばである。
 したがって、火口をのぞき込みながら、「宇宙」の意思のようなものを感じていたと考えられることなどから、「巨大なクレーターの中の火口から見えるマグマを通して感じた宇宙からの絶対的な力によって、知的生物としての空想や思考が排斥されたから。」(65字)という解答例ができる。

(二)「周囲の空気にかれはただちょっとした振動をあたえたにすぎない」(傍線部イ)とはどういうことか、説明せよ。
 第6段落に「そこに居合せた人々はたぶんごく素直な気持でその言葉を受容(うけい)れていた」とある。
 第7段落には「気むずかしい表情で眺めている私たちはおかしい」「人々はケージの言葉をかならずしも否定的な意味で受けとめたのではなかった。またケージはこの沈黙の劇に註解をくわえようとしたのでもない」とある。
 同じ「バカラシイ」が出てくるのは、第10段落の次のくだりである。「老人は、自分自身のためにそして多くの精霊のために星の光を通して宇宙と会話しているのだと応えた。そして何かを、宇宙からこの世界へ返すのだと言ったらしいのだ。たぶん、これもまたバカラシイことかもしれない」。この段階では、宇宙のような圧倒的な存在と交信することを荒唐無稽と考えていると解釈できる。
 以上のことから、次のような解答例ができる。「人間を圧倒する偉大な力に対し改めて驚嘆したり解釈を試みること自体が愚劣だとする端的な警句を周囲の者が素直に受容したということ。」(63字)

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