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夏炉冬扇(中断)

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大変申し訳ありませんが、制作の途中で挫折してしまい、更新をストップいたしました。別のかたちで最後まで書き直したものが、連載小説『言葉くづし』(サイト内マガジンのひとつ)です。よけ…
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#雨

夏炉冬扇 #8

夏炉冬扇 #8

*第7話はこちらから

殺意だ。

殺意を抱かれたのは、生まれて初めてかもしれない。

影が私の喉仏に向けて腕を伸ばしてくる。私は咄嗟に後退り、首の手前数センチのところで、相手の爪が空を切った。だが、私は水溜まりに足を取られて、身体のバランスを崩してしまった。硬い岩盤でできた詩碑に背中を強打して、一瞬意識が遠のく。その機会を逃さず、もう片方の腕がすかさず攻めてきて、ぐいと胸倉をつかまれた。成す術も

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夏炉冬扇 #7

夏炉冬扇 #7

※第6話はこちらから

一階のフロアへ降りたとき、私はちらと通路の奥にある文芸資料室の入口を遠目に見た。惜しいことをしたもんだ。あの部屋には文豪たちの遺品や原稿用紙などのオタカラがたくさん展示されている。せっかくお金を払ってきたのだから、これら資料も閲覧したかったのだが、兄が来ているかもしれないタイミングでは難しそうだった。人に気づかれないように舌を出して、私は受付に座る里子さんに会釈した。

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夏炉冬扇 #6

夏炉冬扇 #6

*第5話はこちらから

自動車のクラクションが鳴っている。入り組んだ狭い四ツ辻を多数の自動車が行き来しようとするせいだ。事故を起こしたくない私は、潔く自転車を降りて、するすると横断歩道を通り抜けていく。その間にも、後方のドライバーが忙しなくクラクションを連打して先を急ごうとしていた。

もう、ここは国内有数の茶屋街なのだから、もっとゆとりある運転をしてほしい。平日にも関わらず混雑するのは多くの観光

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雨狂い 夏炉冬扇 #5.5

雨狂い 夏炉冬扇 #5.5

*第3話はこちらから

*第5話はこちらから

雨よ来い、神に乞う
呆けたこころを満たすまで
闇は濃い、雨に恋う
わたしの居場所になれるまで

愛しい虹が青空に咲いたのは
誰かが雨の種を蒔いたからでしょう
名もない箱庭で蓮が踊るのは
尽きぬ想いを届けたいからでしょう

無常な昼の雲は青を引っ掻いて
喪った世界を歌わせるのです
長雨に濡れれば隠せるからか
不規則な涙が止まりません

因果を悟れば救わ

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夏炉冬扇

夏炉冬扇

雨が好き。なぜなのかは知らない。

十五歳のころから好きだった。雨の降る音で目が覚める朝は心地よいのだ。パラパラと散る小雨はかわいいし、ジャージャー地面を叩く本降りは力強くて勇ましい。そんな日は、母のつくった食パンとスープの朝食をせわしなくかきこんで、歯磨きさえ忘れてカバンをひとつかみ玄関を出るやいなや、スキップを交えながら登校したものだった。当然のことながら、校門へ着くころには髪の毛はびしゃびし

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