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case01-23 : 黒猫

5月になっていた。

狩尾と出会った冬からもう既に暖かな季節に移り替わり、木々は青々とした葉を揺らしていた。

狩尾の別宅を訪れた翌日、約束された額が振り込まれていた。もう狩尾がどういう生活をしているのかも分からない。

ただ、狩尾の母親とはなぜか身の上話を聞くような関係になっていた。身近に話せる相手がいないのだろう。俺も何故か話を聞いていた。

「そうそう!藤嶋さん、来週えりが誕生日なんですよー。藤嶋さんも誕生日会に来ません?特におもてなしもできませんけど」

ある日突然、狩尾の母がそう言いだした。狩尾に接触してその彼氏から回収したことを母親は知らない。俺を呼ぶということは狩尾は来ないことが確定しているのだろう。

「ちょっとその日は用事があるんですよ」
「じゃあもし空いたら来てくださいね!えりも喜ぶと思いますので!」

いや、子供じゃなくてあなたが話したいだけでは…とは言わなかった。

まったく俺が行くわけがないだろう。

・・・
・・

週末、なぜか俺は大きなキリンが目印のおもちゃ屋にいた。何やってんだ俺は。

店内に入ると山のように積まれたぬいぐるみや、ギラギラ光る変身ベルトが並ぶ。子供からみたら夢の国だろう。ただ俺にとっては違った。この宝の山の中から小学5年生の女の子が…しかもあの子が好みそうなものを選ばねばならない。

店内を歩き回ると沢山の人間模様が目に入る。あの子たちも誕生日プレゼントを選びに来たのだろうか。あれはおじいちゃんが久しぶりに来て孫に買ってやるのかな、などとそれぞれの背景を想像してしまう。

この場違い感溢れる俺は、一体周りから何と想像されているのだろう。

店内をふらふらと3周ほどした時、ふと1つのぬいぐるみが目に入った。こういった場合、最初にこれと思ったものが結局最後に買うものになったりするものだ。

そうに違いない。

というかもはや正解が分からない。様々な言い訳を自分自身にしながらぬいぐるみを手に取りレジへと進む。

前には父と母に挟まれ、今か今かと開けたくてたまらない目を輝かせた男の子。もしかしたら自分にもああいう未来があったのかもしれない。

そんなガラにもないことを考えていた。

・・・
・・

誕生日当日昼。
綺麗に包装されたプレゼントを持って新川崎駅にいた。

なんでここまでしているんだろうな。あの子の冷たい目が少しでも輝く瞬間が見たいだけなのかもしれない。

初めてこの駅に来た時は、回収にきた時だった。当時はそこに狩尾が住んでいると思っていたからだいぶ驚いたものだった。今はそこに住む娘へのプレゼントを抱えてきているのだから、人生ってやつは分からない。

狩尾の古いアパートの前に着くと、夜に訪れた際とは違う暖かさがあった。陽の光に照らされた木造の古い家も悪くないものだ。

扉の前に立つとインターホンを押そうとすると指が少し震える。取り立てする時には迷わず押すのに。一種の病気だなこれは。

・・・
・・

10分ほどドアの前にいた。

押せなかった。

中からはテレビの音と小さな笑い声がする。

大きく深呼吸をし、玄関ドアにプレゼントをひっかける。

[すみません、行けなくなりました]とだけ母親にラインで送信した。

帰り道、住民票の写真、電話番号、ライン(母親のも含む)狩尾に関わる全ての連絡先を機械的に消していく。5月の風が顔を撫でて過ぎていくように、ひとつ消すたびに頭の中の記憶がすっと通り抜けていくようだった。

まったく、分からないことだらけだ。

俺はあの時、なんで本当のことを言わなかったんだろう。
彼女に貸しでも作っておきたかったのか。
最後は少しだけいい人にでもなろうとしていたのか。

俺はなんであの家のインターホンを押せなかったんだろう。
あの家の幸せに触れちゃいけないと思ったのか。
狩尾に対するうしろめたさがあったのか。

大通りに面したコンビニ前の灰皿に目を留め、タバコに火をつける。
見上げれば気持ちのいい抜けるような五月晴れだ。

ふぅーーっと青い空を煙で汚し、ふと考える。

中でも一番分からなかったことをふと思い出す。

「プレゼントあれでよかったのかな…」

5年生にはちょっと幼すぎただろうか。
黒猫のぬいぐるみは。

(case01 終)

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謎の人、トーアさんの私小説。信じても信じなくても、全てフィクションということにしてもらえると助かります。当然、noteの内容についての質問は一切受け付けません。

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