【掌編小説】Dancing Reaper

2023年10月31日のシブヤタウンにおいてのみ、殺人を許可する。

10月6日の正午にヒノマル王国君主の口から放たれた言葉は、当然、ニュースを見る習慣のない現代人に届くはずもなく、二十日以上の猶予ゆうよがあったのにもかかわらず、ハロウィン当日のシブヤタウンはこの有様である。
南瓜頭かぼちゃあたまのジャックと骸頭むくろあたま髑髏どくろは、地下鉄シブヤ駅構内の隅にある喫煙室で、上司である木乃伊頭みいらあたまのマミィを待っていた。
「シブヤ人のピークタイムはいつ頃なんだ?」
地上へ排出されていく殺戮さつりく対象の濁流をガラス越しに眺めながら、南瓜頭のジャックは骸頭の髑髏に訊ねた。
「片っ端から壊せる人形の一生にピークもくそもないだろう」
骸頭の髑髏はつまらなさそうに言うと、紫煙をくゆらせて咳き込んだ。
「人生のピークじゃない。人数のピークの話だ。俺が訊きたかったのは、シブヤタウンに密集するシブヤ人の数がピークに達するのは何時頃か、ってことだ」
「ああ、なんだそっちかよ」
するとその時、喫煙室の戸が開き、木乃伊頭のマミィが入ってきた。
「ごめんなさい、遅れたわ。シブヤ人が多すぎて、電車何本か乗り過ごしちゃって」
「いえいえ、俺たちも、今ちょうど合流したところですよ」
すかさず骸頭の髑髏が微笑を浮かべて、煙草たばこの箱を差し出す。昨晩から張り切って、この喫煙室に泊まり込みで待機していたというのに、好意を寄せる上司に対してのみ爽やかに振る舞う態度はいつも通りである。
「そう、なら良かったわ」
木乃伊頭のマミィが意にも介していない様子で箱から煙草を一本取ると、すかさず骸頭の髑髏は口からとろとろと火を吹いた。
今年のハロウィンの夜、シブヤタウンでは、人が死ぬ。
一人、二人の騒ぎではない。幾千、幾万という規模で、バッタバッタと死んでいく。
「この国の政治はいつから専制君主制になったのかしらね」
木乃伊頭のマミィが溜息と共に紫煙を吐いた。
「今日限定ですよ。普段は国民の代表たちがちゃんと君主を制御してくれています」
南瓜頭のジャックが言うと、骸頭の髑髏は首を傾げて吸殻を灰皿へ投げ入れた。
「どうだかね。金のある奴しか優遇されていないような気もするが」
「あら? 資本主義って、そういうものよ。金と政治は相即不離そうそくふりなんだから、金のない庶民が政府にわめいたって迷惑なだけじゃない」
「でも、政府は庶民からもこれでもかと金を巻き上げるじゃないですか。一割にも満たない富豪の力で町が造られているとはいえ、その大半は庶民が占めています。大人しくしていられるだけの金があれば、喚かず静かにするのに」
「本当? じゃあ政府が平等にお金を配ったら、庶民は大人しくしていてくれるのかしら?」
木乃伊頭のマミィが骸頭の髑髏を覗き込むと、彼は右手で口元を覆い隠して考える素振りを見せた。
「……まぁ、ギャンブルとか風俗にお金が回るよりかは、研究開発とか事業投資とか、町のインフラ整備とか教育とかに使ってもらったほうが嬉しいですけど」
「そうでしょう? お金を持ってもろくなことに使わない人には、お金を渡しても意味ないのよ。まぁ、そういう汚いお金があるから、私たち死神の仕事が成立しているんだけどね」
木乃伊頭のマミィはシブヤ駅構内を行き交う殺戮対象に視線を流して、骸頭の髑髏が連ねた論理を嘲笑うように肩をすくめた。
「ええ、ほんとうに、ありがたいことです」
骸頭の髑髏が毒を吐いたところで、木乃伊頭のマミィの携帯が鳴った。
そして、電話越しの相手と一言二言交わした後、彼女は灰皿に吸殻を棄てて口を開いた。
「とりあえず、地上へ出ましょうか」

ハロウィンの一日の限りを尽くして、シブヤタウンに足を踏み入れた悪者を一掃する。
これが、“死神機動隊特等司令部第三課”に割り当てられた今回の任務だった。
業務遂行の上で気をつけなければならないのは、「悪者」の判断基準である。何をもって悪者と判断し、“死の鎌”を振りかざしてその命の緒を刈り取るのか。それが問題だ。
人を殺す人間は、悪者ばかりとは限らない。
死に際へ追い詰められた弱者も人を殺してしまうことがある。そのため、暴走している人間が悪者なのか弱者なのか、その判断の機微を見誤ると、これまた厄介な問題に発展しかねない。死神を生業にしている以上、プロとして、南瓜頭のジャックもそれなりのトレーニングを積んではいたが、やはりまだ上官の指示の下で動かないとミスを犯すリスクのある“半神前”であった。
喫煙室を出て、雑踏の波に身をゆだねて地上へと向かう。
「シンジュクタウンやイケブクロタウンでも、特別条令が発せられているわ」
地上に出たところで、先頭を歩く木乃伊頭のマミィが言った。
「トウキョウシティ以外の主要都市でも、似たような強行措置が取られているみたいですね」
南瓜頭のジャックの補足に、木乃伊頭のマミィが流し目で頷く。
「でも、シブヤタウンほどではないわね。君主が直々に殺人の許可を下してしまうほど収拾のつかない事態になっているのは、どうやらここだけみたい」
「ええ、死なれ過ぎても、事後処理に困りますからね」
隣を歩く骸頭の髑髏が、地上にひしめく妖怪の成り損ないたちを睥睨へいげいして言った。それを聴くと、木乃伊頭のマミィは立ち止まって背後の二柱を振り返った。
「改めて強く言っておくけど、私たちのミッションは悪者の排除であって、無差別大量殺人ではないからね。弱者救済、そこは注意するのよ?」
「はい」「はい」

特等司令官、木乃伊頭のマミィは、凄腕の死神である。
国内外問わず、多くの死神は彼女に羨望と嫉妬の念を抱いていた。後輩の中には、彼女に憧れて死神となった者も数多くいる。これだけ大勢の人間で溢れていても、彼女はしかと悪者と弱者の区別をし、死の鎌を振るう。遺伝や才能が過剰にものを言うこの業界で、若くして上官クラスに成り上がり、大規模な文化の祭典で起こり得た数々の凶悪犯罪を未然に防いできた慧眼の持ち主である。
だが、死神組織の中にはそんな天才を快く思っていない者も当然おり、そのやり方に異を唱える他の上官たちが幅を利かせて別派閥をいくつも作っていた。組織は今、本当に優秀な死神が正当な評価を受けられず、古き悪しきしきたりを未だに妄信している奴らがミルフィーユのように層を成し、未来ある新入りの上に重たくふんぞり返っているという最悪な状況にある。そんな複雑な事情もあってか、木乃伊頭のマミィはいつも、成した功績を派閥の圧力でことごとく過小評価され、昇格ポストの座はいつも誰かに横取りされていた。
散々出世の芽をまれてしいたげられている木乃伊頭のマミィだったが、それでも、組織の首脳陣だってそこまで馬鹿ではない。君主が下した勅令、周辺地域が敷いた特別条令、それらの闇深い意図を冷静に吟味ぎんみし、どこにどの部隊を配置するのが適任なのか侃々諤々かんかんがくがくとした協議が交わされた。その上で、木乃伊頭のマミィには「特等司令官」の称号が付与され、彼女の率いる精鋭部隊「RA3rara avis」がシブヤタウンへ派遣されるに至ったのである。
2023年10月31日のシブヤタウンにおいてのみ、殺人を許可する。少なくとも、この君主の呼び掛けをこの二十日余りの間に一度でも耳にした人間は、殺されるリスクを取ってまで、仮装してお祭り気分を味わうためにわざわざシブヤタウンに足を運ぶような愚行はしないだろう。
だが、残念ながら、それはハロウィンの雑踏問題を解消する決定打にはならない。
シブヤタウンに人間が来なくなった代わりに、トウキョウシティにおけるハロウィンの夜はどうなると予想されるか。恐らく、彼ら彼女らはシンジュクタウンやイケブクロタウンへ散らばって、例年のシブヤタウンほどの規模にはならないにしろ、それら周辺地域が例年よりも逼迫ひっぱくした惨劇の舞台と化すのがオチである。
シブヤタウンから人を遠ざけた以上は、その周辺諸地域へ散らばると想定される甚大な人の波に対処するように死神を配置したほうがいい。だから、巨大派閥の傘下にある一等級から三等級までの主要部隊がシンジュクタウンやイケブクロタウンへと派遣された。
では、どんな人間が、殺人の許可されたシブヤタウンへ来るのか。
そもそもニュースを見ていない者は来てしまうだろう。目にしても、デマだと勘違いした者も来る。それに、誰でもいいから誰かを殺したくてたまらない者も来るかもしれない。そして、もしかしたら、自殺する勇気はないけれど死にたくてたまらない者が来る可能性だって、ないとも限らない。
猟奇的な殺人鬼と被殺志願者。利害の一致した両者が出会い、それにニュースを見ない無知蒙昧な大勢が巻き込まれてしまえば、いよいよ町の治安は混沌に混沌を極めてしまう。
人混みを掻き分けて進む最中、組織は正しい選択をした、と南瓜頭のジャックは密かに思った。
「RA3をシブヤタウンに送り込んだのは正解でしたね。たまには上層部も合理的な判断をする」
骸頭の髑髏が陽気におだてると、木乃伊頭のマミィはこめかみを指で押さえて低い声で吐き捨てた。
「そうね。だって、ヒノマル王国の君主様直々のご命令だもの。国の頂点から押し付けられた厄介な面倒事に進んで足を突っ込みたがる馬鹿の率いる部隊が、他にどこにいるってのよ」

南瓜頭のジャックは、三等級部隊所属の死神だった。
つい先日、「三等部隊長」の試験を受けたばかりであり、合否についてはまだ知らされていない、という状態である。
一般的な企業で言えば、どのぐらいの職位にあたるのだろう。会社が束ねているいくつかの事業部門のうちのひとつの、さらに細分化された部署のうちのひとつの、さらにさらに細分化された部門の課長の下で動く係長……が統括するグループのうちのひとつの、その主任ぐらいだろうか。とにかく、末端の社員を統括する小組織の長ではあるのだが、自分の独断で好き勝手に指示を飛ばして仕事を回せる立場ではない。株主や取引先の顔を立てる社長や役員ら、の顔を立てる部長、の顔を立てる課長、の顔を立てる係長の顔を立てながら、膨大な日々の業務に追われている中間管理職。具体的に例えるならば、小売会社が経営するひとつのショッピングチェーン店舗の精肉部をべる部門チーフぐらいで、あともう少しで店舗の副店長に昇格できるかできないかといった地位にいる、しがない会社員である。
上官からのパワハラにさいなまれて精神を病んでしまった者、この会社には出世の余地がないと判断して早々に辞めていく者、死の鎌を振るい続けることに耐えられなくなってしまった者……。様々な理由で続々と同僚や後輩部下が離脱していく中で、それでも南瓜頭のジャックが組織内で生き残り続けられているのは、他でもない、特等司令官である木乃伊頭のマミィ率いる精鋭部隊に引き抜かれたからであった。
しかし、である。
選抜された基準なのだが、これが薄気味悪いことに、未だに判然としないのだ。
死神機動隊の日常業務は秘匿ひとくしなければならない部分が多すぎるため、引き続きスーパーマーケットの精肉部を例に用いることにしよう。お客様に新鮮なお肉をご購入していただけるように、店舗の精肉コーナーを管理する部門チーフとして、南瓜頭のジャックは製造スタッフのパート・アルバイト社員に指示を出して、肉を加工させて、値札を貼らせて、商品化した肉を売り場に並べさせる。その間に前日の売り上げを算出して、月間の計数管理表を記帳し、閉店までの天候と客足の予想を立てつつ、売れ筋商品の動向を見ながら食肉の製造販売数をコントロールして、随時、臨機応変に従業員に指示を追加する、といった作業を淡々とこなしていた。
木乃伊頭のマミィが店にやって来たのは、半年ほど前の、いつもと何ら変わらぬ夕方。南瓜頭のジャックが精肉部門の従業員を退勤させた後、事務所のパソコンを立ち上げて、本部から共有される連絡文書に目を通し、日報の作成を終えて、明日の仕入れ商品のリストを確認している最中に、突如として彼女は現れた。同じく事務所で作業中だった店長も驚いていたから、恐らく本社の販売事業部からは何も知らされていなかったのだろう。「南瓜頭のジャック、特等司令官の特異権限により、あなたに我が精鋭部隊への臨時異動を命じます」と、その場で木乃伊頭のマミィから告げられたのである。
部門を越えた人事異動は組織の人事部から販売部を通じて、前もって販売部長から店長へ通達を送ることが義務付けられているのだが、特等司令官にだけは特例措置が設けられていた。特等級の死神は、自分が組織する精鋭部隊の隊員たちを、彼ら彼女らがどこの部署のどの所属課で働いていようと、自由に引き抜いて編成することができる“特異権限order”を持っている。それは、よほど切羽詰まった事情が店舗側にない限り認めざるを得ない絶対的な強権であるため、南瓜頭のジャックは店長の二つ返事で店舗販売員の地位を退くことになり、木乃伊頭のマミィ率いる死神機動隊特等司令部第三課、通称「RA3」への異動を余儀なくされたというわけである。
殺しは殺しでも、スーパーの精肉店と同様に仕事なので、ちゃんとマニュアルがある。
現行の労働規定に基づくと、死神機動隊は抹殺対象に定められた命の緒を片っ端から断ち切るような、つまりは圧倒的な力で組み伏せる仕組みを採用していた。
人間であろうと犬であろうと木であろうと、上から「斬れ」と指示された生物に対して、可及的速やかに死の鎌を振り翳す。いかにして効率的に大量の無価値な命を消し去るかが重要であり、地球上に蔓延はびこる害悪な生命の総数を調整できるかの手腕が昇進のカギとなっていた。そのため、隕石を落としたり、津波や地震を起こしたり、気温を下げて氷河期をもたらしたりと、極端な強攻策を敢行した死神が必然的に高く評価される傾向にあった。
現に、長らく死神機動隊の最高指揮官の席に鎮座している地球頭ちきゅうあたまのテラには、「試験的に投入した現生人類をけしかけてネアンデルタール人を絶滅へと追いやった」という功績がある。とりあえず絶滅させてみる、という世紀の大博打に踏み込めるような死神が有能であり、相応の地位を築けるという歪んだレールが組織内には敷かれているのだ。
南瓜頭のジャックの所属は特等司令部に移ったが、個別の等級は依然として三等級部隊員のままである。そのため、木乃伊頭のマミィが単独で行動するような任務の場合は、普段の三等級部隊の平常業務に従事していた。感覚としては、市内に二、三店舗ぐらいあるショッピングチェーン店の精肉部門チーフを一人で兼任し、毎日その複数店舗間を往ったり来たりしている、といった具合だろうか。一人の人間が一日にどのぐらい動き回るのかはよく知らないが、しがない会社員の割には小忙しくさせてもらっている、と南瓜頭のジャックは自己評価しているところである。
「特等司令官」の称号を付与されている死神は、木乃伊頭のマミィを含めても組織内にたった四柱だけである。
特等司令部第一課「RA1」を統べる泡頭あわあたまのパオ。
特等司令部第二課「RA2」を統べる月頭つきあたまのルナ。
特等司令部第三課「RA3」を統べる木乃伊頭のマミィ。
特等司令部第四課「RA4」を統べる原子頭げんしあたまのアトム。
彼ら彼女らは、地球頭のテラを筆頭に置く死神機動隊のピラミッド型の組織図から完全に独立していた。最高指揮官、高等司令部、上等部隊、一等、二等、三等……とトップダウンで任務遂行の指令が下る他の常務部隊とは異なり、極めて秘匿性の高い特殊な案件を取り扱うため、努力や根性でのし上がれるような次元の枠ではないのだ。気まぐれな運命に偶然祝福された選ばれし神童の中の神童が組織する精鋭部隊であり、言い換えれば、天文学的な確率で生まれ持った類まれな才能がゆえに、組織では真っ向から手に負えないような面倒事を片付けるために特例で設けられている便利屋なのである。

木乃伊頭のマミィの背中を眺めながら、死神機動隊に入隊してからの紆余曲折をぼんやりと思い出していると、彼女は不意に虚空へ浮かび上がり、人混みから外れて電波塔の先端へと飛び移った。
南瓜頭のジャックと骸頭の髑髏がその後を追う。中空を舞いながら見下ろすと、妖怪の成り損ないが、ヘドロのようにうようよと地上を這っているのが見えた。
「なんか、小説の世界に迷い込んだみたいだな」
感嘆の溜息を洩らして、南瓜頭のジャックは呟いた。
「小説のほうがマシだろう。小説ってのは面白いもんだ。言葉すら解らない救いようのない奴らがうごめく現実世界に、存続させるほどの価値なんてあるものか」
骸頭の髑髏が鼻で笑って吐き捨てる。
「ははっ……、言い過ぎだろ」
「ふん、事実だ」
「弱者救済っ!」
木乃伊頭のマミィが、二柱の根底からにじみ出る侮蔑ぶべつ意識をぴしゃりとたしなめた。
「はい」「はい」
反省したそれぞれが近場の電柱の頂点に立つと、木乃伊頭のマミィは深く息を吸って、再び口を開いた。
「では、状況を開始します」
ぐるぐる巻きの包帯で覆われた彼女の素顔を見たことのある死神は、月頭のルナただ一柱だけだという。


* 物語はフィクションです。実際の地名や団体とは一切関係ありません。なお、作者は精肉販売店員ではないため、作中に登場した店舗業務の描写の大半は拙い見聞調査と乏しい想像力で紡がれています。実態とはかなり乖離かいりした部分があると思いますので、エンタテインメント小説としてお楽しみ頂くということで、どうかご容赦ください。

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